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  779 姉歯事件に思う3:恫喝や法律違反を内部告発のできる会社・社会へ(h17.12.16)
今回の姉歯の強度偽装事件では、発注者というか手配士側と取引業者間の恫喝にも根本原因の一つがあるようです。
遠くは織田信長やヒットラー、最近ではコクドの堤義明や北朝鮮の金正日や上層部が部下や人民を押さえつけ、批判を一切許さず、もし僅かの批判やそれらしいと疑われた場合には、相当ひどい恫喝・制裁処置やリンチやいじめ行為が行われています。日本もかつて第二次大戦終了以前は典型的な人権侵害のひどい国の一つでした。
有難いことに、現在の日本では、表面的には、そういうことはほとんどなくなり、世界やアジアでも有数の民主的できちんとした国であると自他ともに認められるようになりました。しかし裏や見えない水面下では、会社や役所をはじめ学校なども含めて個々の組織内部に関してはかなりひどい虐待や恫喝、いじめ、制裁行為が温存されているのも事実です。個人の家庭の中でさえも、親が子に対して夫が妻に対して恫喝や暴行(ドメステイックバイオレンス・幼児虐待)が大きな問題になっています。
私の
京都の東証一部上場のR社での体験でも、新参の常務連中が特定の個人:主に高齢者や高給とりを攻撃対象にしつこく「死ね」「首つれ」「退職願い出せ」と、ひどい恫喝やいやがらせが横行していた事実を知っています。そのあげく、社長や幹部連中が気にくわぬという理由だけで、仕事中に、これ見よがしの嫌がらせが行われ、見せしめのために多数の上層部や有能な社員が、次々にあっさり首切りされたことを思い出します。このようなとんでもない言動が日々の仕事の中で、一流企業の常務取締役が頻繁に口にすることを皆様信じられますか?魔がさしたのかもしれませんが、恐ろしいことに、これが現実だったのです。つらかったですし、従業員も皆、戦々恐々としていきました。
信じられないことかもしれませんが、元々R社はかなりの駄目企業で幹部も従業員も本当に真面目に寝る間も遊ぶことも忘れて働き、素晴らしく緊張感があり、私も非常に楽しかったのですが、株式上場し業績が格段に向上するにつれ、急速に幹部の首切り・常識を超えた大幅かつ頻繁な組織変更・移動や新参幹部の横暴は目にあまるものになっていったのです。業績の良くなった会社にありがちなことですが、そういう急成長する会社には、えてして、そういうとんでもない幹部連中が突然ボウフラのように湧き出すものなんです。順番で、当時54歳の私もついに高齢者(攻撃/排除対象)リストに乗せられたのでしょう、ある日突然、「来週辞めてくれ」と理由もなく、無理やり追放されたのですが、泣き寝入りし、辞職するしかなかったのです。私は、当時も会社にかなり大きな貢献をしていたのに、わざとこれ見よがしに、あまりに一方的であり、どうしようもなかったのです。その後も多数の高齢者や若い有能な社員が、退職し転職している事実も知っています。
会社ではお客様はタクシーに乗られ、門を出てみえなくなるまで付近にい合わせた社員は、全員お辞儀をし直立してお送りすることがすることが厳しく言われていました。素晴らしいことは、R社の社員は全員きちんとそういうことを守る会社でした。礼儀の重要性について、社長や幹部は、社員に日頃から切々と訴えていたのです。私達社員も、社長や幹部は偉いなーと思っていましたし、そういう心温まる行為を自慢もしていました。
しかしその社長や常務は、長年会社で汗水たらし土日も夜も徹して、必死に働いてこの会社を日本一までにしてくれた幹部社員に、最後に労苦をねぎらうこともせず、お辞儀をするどころか、お前は歳だから出て行けと、裏門からひっそりと追い出すように、次々に順番に古物を捨てるように、足蹴にするような経営陣だったんです。本当にがっかりしました。尊敬していたR社の社長や経営層にこんなひどい仕打ちを受けるとは思いもよりませんでした。立派なことを言う人でも安易に、人は信じられない・信じてはいけないとつくづく思ったものです。

経営者や政治家や役人や先生というものは、公衆の面前ではいかにも紳士面・成人君主みたいな顔して人を騙し、本当は獣以下の極悪な人間であってはならない。世の中というものは、裏切られた場合のショックが大きいから、立派なことを言う人を安易に信じてはいけないもののようだ。
R社のOBで当時の仲間は皆、R社を日本一の会社にした誇りと同時にまあ世の中の厳しさ・汚さ・怖さを知るということでは大いに勉強にはなったと、今となっては感謝しているくらいですが。「よくぞあそこまで嘘つき、苛めてくれた」とね。
まあこの京都のR社の社長さんのように、日本の東商一部上場の一流の社長さんで、一見大そう立派そうな人のようでも、実態は、意外とこんな程度の低い人が多いのですかね?誠に残念ですね。若い時、名ピアノニストだったとか、一代で、会社を大きくさせたとしても、倫理観のない人は人間として最低ですね。どうして日本のトップクラスの指導者は、こんなになってしまったのですかね?この社長が、京都財界や経済界等公的な場に一切顔を出さないのもうなずけますね。一体何故なんでしょうかね?偉そうな人も大半の人は所詮、ジキルとハイド氏なんですかね。社員は会社を、会社は社員を裏切る行為は、断じて許されるべきではない。そういう点で、この会社の社長は、情けない最低の人ですね。長たる者は、こうならないようにしたいものです。


ほとんど転職したR社の当時の仲間と、今も定期的に遭うのですが、いつも決まって出る話は、はずむ話は、R社での恫喝された頃の話なんです。もっとも今は昔の話なので、「そんなこともあったねー!」と酒の肴にして皆で大笑いしてますがね。驚くことに数年前から、私の上司部下も含めて、すでにほとんどR社を去っているのです。
以上は、一例に過ぎませんが、東証上場の会社でもこんな会社は意外に沢山あると思います。そして最近10年間を見ても、そういう高業績の会社のとんでもない事件は、多く報じられてきたと記憶しています。
今回の姉歯事件でも総研又はヒューザー又は建設会社から設計会社に対して「設計会社はお前のところだけじゃない、他に幾らでもあるんだ」というような恫喝があったやに聞いています。社員や業者は、予想以上に弱いものです。社長、お客や権力者の言うことには無理なことでもそう簡単に逆らうことはできないのです。明智光秀をはじめ多くの勇猛な武勇の者達でも織田信長に逆らえなかったのですから。
今回の事件も含めて、今回の強度偽装事件のような社会問題の多くが、組織内部や親企業からの恫喝(弱い者苛め)が原因であるというのは日本においても依然として悲しい現実であり、今後もなくなるどころか、ますますひどくなっていくものなのです。
会社や役所などの組織にこういう恫喝がはびこる状況は、私の体験やその他の事例、例えば校内暴力などからは、どこでも同じなのですが、次のようなものです。もし自分が次の13階段のどこかにいたら、甘い誘惑に負けないようにふんばることです。ある程度の厳しい指導や叱責はよいですし、私の場合も会社での厳しい指導が随分大きな肥やしになっていますが、そのうち経営者やリーダーというものは、無意識のうちにどんどんエスカレートしてしまうもんなんでしょうか。コクドの堤義明氏や今回の偽装事件や織田信長をひきあいに出すまでもなく、とんでもないこと、取り返しのつかないことやっていたということに、随分後で気づくものです。

私は、S社長を一時すごく尊敬していました、マスコミも彼を賞賛しました、しかし今は、あんなけしからん、人間のカスみたいな羊の皮被った狼みたいな男を、例え一時でも尊敬していたこと、見抜けなかったことが我ながら残念かつ情けないのです。私や同僚も「反面教師としてS社長に出会えたこと」は、大いに人生にプラスにはなっているようだ。世の中は、そんなものかもしれない。

(注:R社という会社自体や会社そのものは、社員もよく働きレベルの高い良い会社でしたよ。私もかつてR社社員であったことは未だに大いなる誇りに思っていますが、R社の後輩達が、私達のかつてのように、未だに同様な厳しい状況下におかれていないかだけが心配ですが、過去を反省し是正されていることを切望しています)今はどうなっているんでしょうね?良くなっているんでしょうかね?
こういう事例で現実にお困りの方は、是非勇気をもって内部告発、しかるべき機関に相談し公開して下さい。今の日本の状況は、そういうことができるような環境になっていると思います。


恫喝・苛めの13段階の一般的な例
段階@ 社長の権力が絶大になる
段階A 会社や組織が駄目な状況から脱し、多くの場合成長路線に乗った時に芽生える
段階B 社長の周囲の批判型幹部は有能でも、あれこれ理由つけて、どんどん首切る
段階C 社長の周囲は取巻きのイエスマンに首がすげ替えられる。能無しか品格なし
段階D 新参幹部が横柄になり虎の威を借り威張りだし訳のわからんことを言い出す
段階E 社長の指示によって新参幹部による恫喝・いやがらせが始まる
段階F 大幅な組織変更が一方的かつ頻繁に起きる。社員は恐怖感を感じ萎縮する
段階G 排除の攻撃対象を決め、しつこく攻撃する
段階H 死ね・退職しろ・左遷・干す・業務妨害など手変え・品変え、あれこれ苛める
段階I 1回限りでなく、あらゆる場で繰り返し、しつこく恫喝する
段階J 会社をやめるか死なないと苛めがエスカレートし他の社員の前でも苛め出す
段階K 更に駄目な場合は故意に失敗させるか、ある日突然一方的に退職を押付ける
段階L ついに犯罪に相当する行為に、染まっていく


恫喝・苛めの目的は、社員をロボット化することです。ヒットラーや織田信長なんです。
@全員に一切の不平・不満・意見を言わせない、黙らすこと
A全員に自分の命令を有無を言わせず受け入れさせること

何事も限度というものがあります、厳しい叱責や指導は否定しませんが、それがどんどんエスカレートし苛めや恫喝になってしまうことは経営者として気をつけるべきだと思うのですが、織田信長のように何らかの原因によって、冷静で有能であるはずの経営者でも越えてはならない一線を越えてしまうのですねー。最近では親の幼児虐待やドメステイックバイオレンスや学校での苛めなんてのも、理性を失い、そういうことに踏み込んでしまうのでしょうね。

織田信長の明智光秀に対する苛め・戦争時の日本軍幹部・その他歴史上の裏表で無数の恫喝や苛めが日常茶飯事に行われてきたのです。・・・・最近では、そろそろ、やや小泉さんにもそういう危険がありそうな感じがしています。小泉さんも注意だけはされたほうがよいですね。
恫喝・苛めは、愛情がなく単なる暴力行為であり、指導は愛情や思いやりのある厳しい忠告・指導なんです。しかし人間というものは、浅はかなもので、愛が変じて憎悪に急変していくことがあるのです。
厳しい指導と恫喝は違います、特に社員の前で「死ね」と言ったり、暴力を振るったり、法律を犯すことになる恫喝は、理由の如何を問わず、断じて許されません。暴力団対策法が必要というならば、組織内暴力対策法も不可欠です。法律違反する組織内の恫喝・バイオレンスに対しては告発できる社内組織及び社外機関を明確にし、安心して告発できる体制作りが急務なことを今回の事件は教訓として教えているのです。
私が所属した製造部では、ある大企業から会社の幹部の反対を押し切って雇ったというA技術部長が朝から一日中、何人かの社員(我々からは何も問題のない社員でしたが)を重点的に全員の前でしつこく苛めていました、それはあからさまな見せしめみたいな状況でした。そういうことは社内でも誰も全員が知るほど有名になり、うわさになっているのに社長も役員も何ら手を打たず、私も課長という立場で非常に悩んだ経験があります。どうも、誰かがやらせ、わざわざ、うわさにしていたような気がしています。その部長は2〜3年くらいで、ある日突然首になりました。陰湿な苛めをわざわざ社外から人を入れてやるそういうS社長だったのです。一方で、社内の社員から人望のあった優秀な幹部も次々にある日突然、首を切られていったのです。それは、すさまじものでした。
従業員や納入業者に対しても謙虚というか対等な経営者が、「本物の一流の経営者」ということができます。今回の事件の会社や元コクドの堤義明氏や今回の偽装事件ヒューザー社のように、いくら高い業績を上げても、お世話になっている社員や業者の恫喝やいじめ・脅しなんかに頼る経営者は三流以下、経営者の風上にもおけませんし名経営者の資格すらありません。R社のS社長は私も尊敬していたような本来有能な経営者でしたから「名経営者」と言われた時期もありましたが、恫喝の指揮者でもあったのでしょうか。かつては、稀にみる立派な社員が多かった会社ですし、過去の一時期のことを謙虚に反省し、今は従業員が自由に上層部に対して発言でき、明るく伸び伸び仕事ができるようになっていると信じたいものです。
現在に至るまで謝罪しなかったR社の社長と幹部の卑劣な行為を断じて許すことはできません。R社の数人の先輩にお聞きすると、まあこれ以外にもいろいろとんでもないことがあるようです。私の知る範囲でも同僚・元部下や心ある多くの社員は、将来への不安とあきれ果てて、その後自らR社を退職する道を選んでいるのですが、こういう思いのR社OBは沢山いるのです。
自分がやった悪事は素直に謝るべきなんです。あれこれ考えず、心の底から直接本人に遭って謝る、相手の許しを得るという基本的なことができない指導層も多いのです。単に謝るということによって過去に犯した悪事の後悔から逃れられるのです。

組織内や学校や家庭内のいじめや恫喝は、誘惑に負け、つい魔がさしてやってしまうものですが、犯罪に近い行為ですから、くれぐれもおやりにならないほうが自分及び自分の会社にとって無難であることを明確に申し上げておきます。恫喝の代償は高くつきますから。
社長や幹部やリーダーは徳をもって人を動かすべきであって、人を脅かして人事や取引を操ることだけは絶対にやってはいけません、そういう悪魔の誘惑があっても乗ってはなりません、必ずあとで大きな後悔をし、会社にとっても自分の人生にとっても大きな傷跡が残るだけです。厳格なマネジメントのためには、素晴らしいISOのマネジメントシステムがあるじゃないですか。
さしあたって金正日や北朝鮮幹部も「人民への抑圧を当然だ」という姿勢を改める気配がありませんが、国際的な強い批判もあるので、屁理屈言わずに早く止めるべきですね。
ところで、今回の事件でいかにも被害者面し善人ぶっているイーホームスという検査機関ですが、もっとも悪いのは検査機関ですよ。だって悪いことを防止するのが検査機関の重大使命ですから、無数のいい加減な検査をやっていたというのは絶対に許されません。姉歯氏や関係者が全員悪いのではありますが、ある意味きちんと申請してそれが許可されているのですから、本質的に考えると、姉歯氏が有罪になるというのはおかしな話かもしれません。
最後に京都事務所の近辺に、そう言えばやけに工期の短い安価なマンションが多いのに気づき、買わなくてよかったと、ゾーとするやら、胸をなでおろすやら。ここ4年くらいでやけに安い物件が多くありましたから、まだまだ偽装マンションが次々に出てきますよ。
とにかく、R社のS社長や幹部連中は、少なくとも京都や従業員には、大方評判が悪いようです。最近の噂では、当時、優秀な社員をどんどん首にしたツケが今になって出ているそうです。   

 
  778 姉歯事件に思う2:「専門家まかせで、関与せず」の体質(H17.12.11)

世の中技術革新が進みますと、インターネットでも医療・電気製品・工業製品・住宅・手続き・・・なんでも非常にむずかしくなって素人には手がおえないようになってきます。私のやっているISO認証支援についても我々経営コンサルタントにおまかせになってしまう傾向があります。経営コンサルタントが経験もあり有能でしたら問題はないのですが、未熟でいい加減なコンサルタントですと、指導の仕方によっては、おまかせになりがちで、企業様の主体性が欠如してしまう場合があります。
医者や手術なんかは典型的であって、全部おまかせですから、未熟で無能な医者にかかると、結果は悲惨なものなんですが、医者の責任かどうかがわかり難いのです。もし全部厳しいチェックをしたら今回の姉歯事件どころではないのです。役所や年金基金や郵便局なんかも同様です。国民が知らないことをいいことに、目を覆い耳をふさぎたくなるような悪事の限りを尽くしているのです。
役所の仕事も本来国民の関与・チェックが必要なんです。厳しいチェックがないと物事は堕落するのです、悪事が入り込むのです。会社でもいろいろなところで日々チェックが実施されていますが、やらせ放しまかせ放しの場合が多いのです。その結果チェックと言いながら、隠れ蓑・誤魔化しにさえなっているのです。こういうことは今回の姉歯事件が示したように、非常に危険なんです。チェックというのは、本来それほど重要なことなんです。使い込みや横領事件、汚職なんかはその典型です。
今回の事件でも@犯人探しA緊急処置だけでなく、Bチェック体制の調査・分析・是正が大切なんです。
みずほ証券の誤発注事件の原因も、本質的には、みずほ証券の社内のチェック体制のずさんさにあるような気がします。こんな会社が倒産するような規模の大事件がおき得ることを放置していたんですから。こんなミスは、みずほ証券として、簡単に予防できることなんです。こんなことさえできていない,
みずほ証券の株式なんて、私だったらすぐに売りですよ。
多分チェックのいい加減な会社は日本では圧倒的多数ですから、今後も次々に政府・役所・会社はミスを再発していくのです。
姉歯事件では、経営者や政治家や役人や一家の長、一般の方々に気づいて欲しいのは、

「きちんとしたチェックの重要性」「第三者チェックを加える」「経営者・責任者が関与する」ことです。

@チェック項目・チェック基準は責任者・経営者の最重要管理事項と認識する
Aチェックの頻度は毎月・毎週・毎日か適正に決める
Bチェックする者にその重要性をきちんと認識させること
Cチェックは、きちんと確認してさせる
Dチェックした結果を上司及び責任者が確認する
Eチェック結果が正しくやられているか、時々上司・責任者自らもやる
Fもし問題が発生した場合、チェックのずさんさが暴露された場合、厳罰にする
Gチェック項目は年1回見直し、追加・修正させる
Hチェックの記録は残させる
I最重要事項は写真記録を残させる
Jチェック以外に第三者の監査・パトロールを実施する
K第三者監査やパトロールの結果からチェックのいい加減さを委員会で議論し、必要な対処を実施する

家をたてる場合を例にとると、依頼者として自ら、建築工事が始まったら毎日又は定期的に現場を見て回ることです。できれば早い段階で専門家を同行させることです。そしておかしい状況に関しては臆せず、写真をとるなり問題指摘をすることです。場合によっては建築停止を命じることです。

姉歯事件では、関係者・当事者がみな事故の責任を他のせいにしています。まさしくずさんな監視体制の典型なんですが、こういうことはどこの会社や組織にもありがちなことなんです。「他人を疑わずに安易かつ無闇に信用し 監視をしない」というのは全ての間違いの元なんです。「監視なし」という家や会社をよく見受けますが危険ですよ。
@総研(黒幕)
Aヒューザー(売主)
B姉歯設計(設計)
Cイーホームズ(検査)
D木村建設(建設)
E行政(監査)
F買手(買主)
監視ということを軽ろんじている証拠なんです。この責任は、会社で言えば社長や経営層にあり、今回の事件の場合は国や地方自治体に根本的な責任があるのです。または買主にあるのです。他に責任はないとは断言しませんが、社長は監視がきちんとできるように仕組みを作り厳密に関与していかないといけないのです。今回の事件でも民営化しても国はきちんと関与をしていかないといけないのです。会社でも権限を委譲したら委譲した者はその状況を監視し関与することが不可欠なんです。単なるお任せ・権限委譲や委託は、もっとも危険なことなんです。
  777 姉歯事件に思う1:姉歯建築設計事務所の耐震性書類偽造事件

千葉県の「姉歯建築設計事務所」が耐震性などを決める書類を偽造した問題がおきて大きな問題になっています。
この事件を含めて最近思うことは、「さまざまなリスクが続発していること」と「リスクに対する意識の欠如」です。
@俺俺詐欺
A高利の利殖詐欺
Bリフォーム詐欺
Cカード被害
Dインターネット取引詐欺
E手抜き工事
F津波・巨大地震・ハリケーン被害
G少年・少女による殺人
H個人情報流出
I役人の使い込み・裏金作り・無駄な工事
J大手有名会社の社員の放火事件
K町や村に熊や猪の出現

まあ想像しなかったようなリスクが次々に起きています。今回の姉歯事件は、国家が認定する設計士が設計し・国家が認定する検査官が確認し、経験豊富な専門の建設業者や工事人が建設しているのです。ところが少し大きめの地震であっさり倒壊するというのですから、驚きです。しかも件数は100件とか200件とかいやそれ以上だとか言われているのです。前触れもなく、巨大ハリケーンに襲われたようなもんです。
手抜きのマンションを購入し、多額のローンを抱える人々にとっては、驚くだけで済む問題ではなく、下手すれば首くくるような大事件なんです。一般住宅で手抜き工事が問題になっていましたが、そんな被害は今回のに比べたらまだましなほうだと言いたくなるほど、とんでもない悲惨な超大事件です。
まあ場所変え・品変えて次々詐欺みたいなことが横行しています。
平和が続くと人間は油断の上に大胡坐をかくようになるのです。今回の犯人は、姉歯であり・ヒューザーでしょうが、真の原因は関係者全員の「油断」に他ならないのです。平和主義者というのは、その他の○○主義者と同様に無責任なものなんです。平和が続くと、むしろとんでもなく大きく世の中は乱れるのです。
身体が丈夫な人は、油断して、とんでもない大病を患うものです。油断の上に胡坐をかく多くの人の目を盗んでやった大きな詐欺行為である今回の事件によって、我々は、次のことを強く認識しないといけません。そうしないとこんな大掛かりな詐欺事件が続発し国家混乱の元になりかねません。今回の事件はそういう大詐欺時代の幕開けを高らかに宣言した歴史的な事件であることは言うまでもないのです。

@自分の周りは、四六時中リスクだらけと認識する
A絶対に他人を信用してはいけない、他人にまかせ放しにしない
B自分自身できちんと確かめる
C予防策を確実にやっておく
Dいざとなっても大丈夫なように緩和策や対応策をしておく
E欲張り過ぎず・あせらない
F油断大敵・大丈夫と思う時ほど危ない
Gいい加減に決めるな・いい加減に行動しない
Hうまい話なんかないと強く認識する
I二重・三重・四重に予防策・安全対策をしておく
Jリスク・危険を分散しておく
K普段から、安全側・安全側に行くように努める

これからの時代は、リスク・調査・分析・防災・予防・警戒・監視・点検・準備・保険・保全・・・・が大切なことでこれを疎かにする人にはある日とんでもない姉歯の強度偽装事件まがいが降りかかるはずです。

 

776 ISO14001を中心にした最近のISO認証取得の動向

@日本国内取得件数
JABのホームペイジによりますとかなりの件数の認証取得が完了しつつあります。
ISO9001:53,033件(やや収束の方向)
ISO14001:22,840件(まだまだこれから増加

A当社の引き合い・受注状況
ISO9001と14001合計では、やや増加/横ばいで依然活発です
・但し14001のほうがかなり増えています。しかし9001の受注も減少はしていますが、継続してあります

B審査員の審査の質
審査の質は、やっとそれなりに良くはなっていますが、質が上がったというより、一昔前のように、非常識でとんでもないことを言う審査員が相対的に少なくなりレベルが揃ってきたということです

Cコンサルタント費用
ISO14001について言えば、今から8年前に比較すると1/5以下に値下がりしています。価格は100〜250万円の範囲です。まあ大方の意見としては、目下120〜160万円近辺が最も適正な価格のように思います。ちなみに当社は128万円〜です。あまりに高い又は安いのは要注意です
・高いコンサル会社は、膨大な固定費負担で、内容が盛り沢山で、やたらと難しくどうも有難迷惑
・安いコンサルは手抜きが多く、内容も不適切なものが多い

D審査費用
それほどではないにしろ審査費用も下がっています。理由としては、審査機関が増加し、ISO14001の場合ですとJAB登録の審査機関は43あります。それ以外に外国系を含めるともう少し多いと思います。競争が厳しくなっているわけです。
年間新規3000サイトとして、単純に50社で分けると60サイト(月5サイト)しかとれないのです。上位3社でかなりの割合をとりますから下位の審査会社は安くするのは当然ですね。

E審査費用の幅
審査費用は、審査機関によって大きな価格の幅があります。大雑把に言うと倍くらいの開きがあります。ホームペイジを参照されるか、こまめに見積もりをとることをお勧めします。
例えば、初年度90万円サーベイランス20万円更新審査30万円という審査機関もあれば、120万円の40万円の60万円という機関もあれば、更にもっと高いも機関あります。無駄な経費・固定費をいかに切り詰めているかが差の原因のようです。

F審査会社の状況
新規の受注は相対的に減っておりサーベイランスや更新審査の比率が多くなっています。ご想像のとおり、審査会社の中には新規の受注がとれないところもかなり多くでてきているようです。

G審査員の仕事
ISO9001や14001については、新規の審査はそれほど増加しませんから、審査員が増えていますから、相対的に審査員の審査の仕事は減っています。したがってベテランの審査員以外が仕事を取るのはかなり困難な状況になっており、頭打ちの状況です。当然のことですが、やがてはサーベイランスと更新審査だけになっていく運命です

H経営コンサルタントの仕事
審査同様に仕事は減少する運命にあります。ISOコンサルタントに新規に参入して受注することはかなり困難です。相当指導実績(少なくとも20件以上)があり質も価格も適正で評価が高くないと受注できないことを覚悟しないといけません。指導経験の多いコンサルタントに注文が集中するのは当然です。また今後はISO9001や14001以外のISOやJISやその他のコンサルができないとジリ貧です。(ISO22000・JISQ15000・無駄取り改善・効率化経営革新・ITなど)相当の資質や超高収益企業の実務経験やパワーのない方には、あまりお薦めできません。

IISO14001の認証取得の今後の動向
まだ取得されていない会社が沢山あります。目下そういう会社様が順次取得しようとされています。目下環境問題は非常に重要になってきていますから、顧客から受注するのに、ISO14001認証取得は、グリーン購買の観点からも重要な必要条件になっているからです。

JISO14001環境管理について
ISOを取得する企業が圧倒的に多くなってきていますから、今後は環境パフォーマンスをあげていく必要があります。その結果を毎年きちんと環境報告書にまとめてホームペイジに掲載し、公表することが必要条件になってきます。ISOをとっただけではグリーン購買の評価を受けることはできません。むしろ環境後進企業/ダメ企業になって受注がとれなくなることも考えられます。逆に積極的に環境成果(徹底したムダ削減)を挙げる会社に受注が優先されることが十分考えられます。
着実に環境管理され、十分な環境成果を上げ、毎年環境報告書をWEBにあげておけばISOの外部認証なんかいらなくなるはずです。

KISOコンサルタントや審査機関の選定(ろくろく調べず、エイヤーで決めないことです)
そこで今後取得しようとする会社様にとって重要なことは優良なコンサルタントを選ぶことです。これを間違えると悲劇のもとです。ISOコンサルタントを選定する場合、当社ホームペイジ
http://www.meico.org/p09.html
にもありますが「ISO14001を成功させる条件」を参照して選んで下さい。
審査機関はコンサルタントに相談し、価格・品質の適正な機関を紹介してもらって下さい。費用が安いからと安易に選ぶとまたは逆に高いから大丈夫だなんて思わないことです。コンサルタントと直接会い話しを通じてきちんと評価して下さい。そうしないと大変なことになりますのでご注意下さい。

775 山奥に8年住んでみて、多くの他人の住む場所で暮らすこと・否応なしに付き合うことの功罪

私は、8年間山奥で生活してみて次のような感想を持っています。これは全く私の正直かつ勝手な感想ですのでお気を悪くしないで下さい。
@今までの自分とは基本から大きく変わった
A物の見方が基本的に大きく変わった
B二重生活の意義・価値を実感できた
C少なくとも人は住む場所と行動する場所を分けるべきだ
 戦闘の場・休む場/人の多い場所といない場所
D都会の生活と山奥の生活は正反対なものだ
E良し悪し別にして、都会の人は否応なしに多くの人に囲まれ過ぎている
F多くの人と一線を画して独自の生活スタイルができてない
G都会で暮らす人はかえって、井の中の蛙・籠の鳥になっている
H山奥で一人暮らすと、他人を客観的に受け入れられるようになる
I人とベタベタ・しょっちゅう付き合っていると大きな害がある(人中毒)
J人間というのは、大都会に住むことで、考えが固定化し、かえって了見も世間も狭くなってしまう
K人間はあらゆる環境を自由に選択してないし・できないものだ

人間は偉そうなことを言っていても、他の生き物同様に、環境というものに、かなり依存し染められていることを忘れてはならないのです。
私が山奥から仕事で都会に出てくると、都会に住んでいる時には思いもしなかった次のようなことを、毎回感じるのです
@すごく異質な新鮮な感じ(一体何だこれは?)
A哀れな都会人の姿(奴隷のような)
B整然と同じ行動をする無数のロボットの群れ
C個性のない人の群れ(自分は、すごく個性があると思っているんでしょうが)
D表情の乏しい人の群れ(人形のようにいつも同じ表情)
E人と人が切り離されている人々(人が多いがつながりを感じない)
F何だかわからんものを必死に求めているような人々(時間や何かに追われる人々)
G私とは違う人種(異邦人)
H束縛された人々(本人達は勝手に自由と認識しているが?)
Iもし話しかけたら、あまり歓迎されそうにない(今忙しいんだ、みたいな)
J意見を求めると、100%否定的・予想される画一的な答えが返ってきそう
K人生を自由かつ主体的に楽しむというより、必死に楽しまないといかんみたいな人々

私は、人の密集する都会と人がいない山奥の二重生活を推奨するのです。
修行僧や山に篭る世捨て人のような人は、江戸時代以前のかなり昔から「人のいる場所・環境と自分しかいない場所・環境の違い」をむしろ現代人より正確に認識していたはずなんです。
山奥では自分が全て、都会では自分はごくごく一部分・塵のようなものであることを認識しないといけません。
その意味は、人間はそういう正反対の環境で暮らしていないと、いつしか人間は、周囲の人間に異常に影響を受ける片輪者(被爆者)になってしまうということなんです。都会は便利でしょう、快適でしょう、楽しいでしょう、でもそうであればあるほど人間は、どんどん片輪になっていくのです。そうして私の実感のようにいつしかロボットのような人になってしまっているのです。
人は、働いたら夜は眠るのです・辛いことがあったら歌を歌い酒を飲むのです・身体が汚れたら風呂に入るのです・・・・人で溢れる都会で仕事をしたら、同じくらいの時間は、人のいない場所できれば自然の豊かな場所で暮らすべきなんです。とりあえず、例え1週間に2日でもよいのです。5年10年とそういう暮らしをしてご覧になれば、心身ともに健康で元気になり、心の広い自由闊達に物事を考え・行動でき、人のあり方・生きかたを理解し、人を心底愛する人間になれるはずです。
もしそういうことができない方でしたら、非常に困難なことではありますが、都会に住んだまま、工夫して意識的に他人から影響されない場所や時間を持つ努力をすべきでしょうね。
最近、フリーター・NEET・引き篭もりが社会問題になっていますが、それ自体は困ったことではありますが、裏を返せば彼らは、都会で暮らし、多くの人に揉みくちゃにされている被害者又は落伍者なのです。ある意味彼らは健全なんです。都会でそうならないほうがむしろどうにかしているとも考えられるんです。(例は悪いのですが、暴力団で、なじめない組員みたいな感じでしょうか)
例えば、耳をつんざくようなすごい音量の音楽会の場所で真の静寂を求めるようなものですから、僧侶でも難しいのに、凡人には到底無理のように思いますが、それでもそういう意識はお持ちになったほうが良いですよ。

774「最近何故、町に猪・猿・熊・からすが出てきたのか?」って、人の先祖も大昔は森に住んでいたことを忘れたのか?人間も森に帰るべきではないのか?

最近、森が破壊され、山に食べるものがなくなって、猪・猿・熊・からす等が村や町に出没して大きな被害や危害を加えているということが全国各地で増えています。なんとかして都会に出てきた獣達を山に帰そうと知恵をひねるのですが、獣達は「嬉しいな、食べるもんは美味いし、いつもあるし、豊富だし、良い時代になったもんだ」とすっかりお気に入りのようで、新宿や渋谷に入り浸りの人間の若者達のように、なかなか山に帰りません。一度味をしめた獣達を山奥に帰すのは、人間が考えるほど、そうた易く解決できないようです。
人の食物を食べたら最後、かつて食したことのない美味しいものを簡単に手に入れる味をしめてしまうようです。人は「山奥に帰れ・帰れ」と言うのですが、「山奥で木の実や虫なんかとってるなんて、ジャマクサイし、アホクサー」ということでしょう。日本では、戦後、高度経済成長とともに田舎の人が我も我もと東京や大阪に出てきて、都会の人口がとてつもなく多くなっていき、一方田舎は過疎になり、廃村になるところも続出してきたのです。
ところで、人類は元々大昔から、山奥の森で生活していたんだそうです。そして農耕技術・住宅技術等の進化などに伴って、だんだんと平地に出てきたのだそうです。第二次戦争直後でも、まだまだ沢山の人々が森の恵みをうけて田舎で豊かな生活していたのです。
「森・田舎から都会へ」が嵩じて、都市に人口が集中し、高度に経済発展し、物や資源が無駄使いされ、とてつもない環境破壊が進んでしまったのです。そして最近、猪・猿・熊・からすも温暖化の影響による気候変動でエサが不足し、止むにやまれず、人間の真似をして都会に出て来ざるをえなくなってしまったというわけなんです。
最近では私の知る範囲でも、海でクラゲ・ヒトデ・ハリセンボンなどが大量に増殖し漁業や珊瑚や海の環境に大きな被害を及ぼしているんだそうです。都会ではその他大量のムクドリ・鳩・スズメバチなどの発生でも困っていますよね。本来いるはずのない生き物が、いるはずのない場所に、大量に出現し困っているのです。

その上、巨大な台風・竜巻・洪水も本来来るべきでない時期に大量に大規模に発生するようになっているのです。

まあ、あれもこれも今まで、又は本来あるべきでないことが、これでもか・これでもかと次々に起きているのです。これは、すでにかなりの重大な危機ですが、にも拘わらず、「猪や熊をどうしたら山に返せるか?」「くらげを捕まえる方法」などと場当たり的、その場しのぎのことを考えるので精一杯です。根本原因や根本対策を考えるなんてことは絶対にしません。根本的な対処は、手のうちようがなくなるほど、よほど困ってからのことなんです。
とてつもなく異常な事態になってきているのに気づいていないのか、知らんぷりしてボケてる風をしているのです。本質的なことを考えたり、後戻りしたり、真剣に対応するのが怖い・面倒なんです・やる気もないんです。

大きな異常に対して、「どうにかならんか?」「妙策を考えなくちゃ」というような対応だけで良いのでしょうかね?たかが猪や熊やカラス、クラゲ・・・ですが、そんないい加減な認識で良いのですか?
私は、「人間は元々山奥に住んでた」「人間も山に帰るべきだ」ということを思い返す時が来ていると思うのですが。
問題があまりにも多過ぎるので、問題が相当に大きくならないと重い腰をあげないのが、現代的な政治の手法です。これを称して「手遅れ政治」と言っていますが、これからは日本も世界も、確実に「手遅れ政治化」していきます。手遅れ政治は今後、幾何級数的・加速度的に拡大していきますから、例えどんな有能な政治家や役人が現れたとしても、日本も世界も確実に事態は悪化していきます。
安曇川の長尾の山奥で一人で暮らしていますと、訪れる人の10人中9人までは、「何をしているんですか?」「何が楽しいのですか?」「退屈しませんか?」などという質問をされますが、今申し上げたことからすると、、私が山奥で暮らしている理由もうなづいて戴けるように思うのですが?

773 風変わりであることの大切さ・思い切り風変りになって欲しい

昔は旅も大変でした。交通手段が貧弱で歩くかお粗末なバスや船や汽車しかなかったのですから旅自体が大変でした。行く場所によって全く環境や状況が違っていて田舎なんかはとっても不便だったのです。不便さ・不安全さ・貧しさが場所によって非常にまちまちで、旅というものは、未知の場所に行くこと=冒険、死を覚悟するほど大変なことだったんです。         
しかし今はどうですか?旅はむしろ体を休める・癒すものと言われるほど快適で、旅しても旅にはなっていなくなったのです。現代は大阪も私の住む安曇川の山の中も全く同じような場所になってしまったのです。東京も京都もニユーヨークも北京もソウルもさして変わりないのです。         
例えアフリカやアマゾンや北海道や離島や京都でも、情報革新や技術革新の進んだ現代では、否応なく均質化されてしまっているのです。均質化を嫌うごくごく一部の人は、無人島や人里離れた森に住む人も出はじめているのです。         
東京出の私でも、かなり以前から、東京は個性のない人間の巣窟=東京砂漠と化していると思っているほどです。個性化とか・個人主義なんか言うわりに、現代人は、「個性」「風変わりさ」というようなものを完全に失っているんです。アフリカの奥地や高地、極寒の地等々の一部の地域を除いて、風変わりな場所・風変わりな人間・風変わりな生き方ができなくなってしまったのです。その結果、人間としての幅も奥行きも深みも味わいもない社会や人間が増えているのです。         
最近は若者だけでなく・高齢者も風変わりということを重視しないどころか、風変わりは嫌われるようになっているのです。         
私のように陸の無人島のような森に住んでいると、「風変りで羨ましい」と言われるのではなく、「なんとも物好きな人だ」、悪くすると「あいつアホッやで」と言われてしまうのです。         
しかし探してみると、世界には風変りな生活をしている場所や人はまだあるようです。その土地の人は「自分達は極めて自然な暮らしかたをしている、あなた方のほうが風変りだ」と思っているようですが。私の言う風変りは、彼等のほうなんです。風変りというのは、本質的に@当り前A自然体B思うままC質素D素直なことかもしれないのです。         
ということは、風変りでない現代人は、当り前、自然体、思うまま、質素、素直でなくなっているということになるのです。グローバルスタンダード・豊かな社会・近代社会・科学万能時代という型にはめ込まれているのです。         
風変りとは時代の最先端を行っているということではありません、むしろ何千年も先人が引き継いできた古い生き方なんです。その土地その住人の独自の生き方を守ることなんです。         
便利だから豊かさを求めるからと先人の暮らし方をあっさり捨て去り都会人の真似をしないことです。         
@その土地・風土・習慣を残す・引継ぎ         
Aあまり世間のことを知ろうとはしない         
B流行や先端技術は最低限必要なものをごく控えめに採り入れる         
C自然の中に暮らし・自然に従って・自然と交わって暮らす         
D質素・節約・         
E便利さを求め過ぎない、むしろ遠ざける         
Fできれば都会に住まない、拘わらない         
G良い・悪いを簡単に決め付けない         
Hできるだけ先人の暮らし方を受け継ぐ         
I独自の暮らし方生き方を構築し、維持・発展させる         
J無理やり他人と同じようなこと同じ考え方をしようとしない         
Kマスコミや権威や科学や合理性や多数決などというものに安易に従わない         

 
少なくとも全国の駅舎や駅の前だけでもかなり独自の風変りなものにして欲しいなー。特に田舎や地方の駅はそうして欲しいなー。駅が森であったり、駅そのものが温泉であったり、駅が博物館であったり、駅に川が流れていたり、駅が花に囲まれていたり、駅が市場であったり、駅が魚屋さんだったり、駅が300年前の昔のままであったり、駅が膨大な図書館だったり、駅が別荘地であったり、駅が始終、演奏をやっていたり・・・・少なくとも各地の顔である全国の駅が皆風変りだったら次々に電車を降りて何日もかけて旅行するのになー。 
駅以外にも家も会社も食事も全てがそれぞれ同じものでなく風変わりであったら楽しいでしょうね。 
でも、くれぐれも、思い切り風変りでないといかんよ。         
772幼稚園児の列に車が突っ込み37人重軽傷は皆悪い

幼稚園児の列に車が突っ込み37人重軽傷したという痛ましい事故ですが、このような突っ込み事故は、規模の多少はありますが、すごく多発しているのです。事故の結果は双方及び家族・関係者にとって非常に悲惨なものです。
自動車は狭い道・人通りの多い道・カーブは40kmできれば30kmを厳守しましょう。また歩行者は、自動車の運転手はとんでもない奴が沢山いることをしっかり認識し、安全の上に安全更にその上に安全くらいの気持ちが必要です。今回の幼稚園の引率の先生もノーテンキで軽率でしたね。
安全は只ではありません、健康・財産・災害・事故・・・何事も日頃の最新の注意・予防が不可欠です。
現代人はスキだらけ油断だらけです。なんでこんな平和呆けな人間ばかりになってしまったのでしょうかね?

  771自分の家はどのように建っていますか?貴方は自分の住んでいる家について、正確に把握していますか?

最近日本だけでなく、世界的な規模で、巨大地震や洪水などで家が倒壊し悲惨な生活を余儀なくされる人々が非常に多くなっています。地震や洪水で倒壊したことを「自然の威力は恐ろしいなー」などと単純に自然災害だと思っている方がほとんどです。被災した方々はお気の毒なんですが、「常日頃、貴方はご自分の家の状況もきちんと調査され、問題点を事前に改善しておられましたか?」という質問をしたくなるのです。
当然のことですが、地震や洪水がおきて、家が倒壊してからでは何もできないのです。「覆水盆に帰らず」「毀れたミルクを嘆いたところで意味がない」のであります。「災害は、事前に予防・緩和・いざという時の対応を考え・実行しておくべきものだ」ということをほとんど理解しておられないのです。倒壊した家を見ていると、頑健な作りだとか十分な予防対策をしたような形跡が全くないのです。
洪水に対しても「川が氾濫したことなんかかつてない」だとか言っているばかりで、100%何もやっておられません。だから、大半の家の倒壊は、災害というより人災なんです。今の時代は、自分で安全な住む場所も選べますし、技術面・資材面でも防災用の機材や用具が揃っています。そういうものを一切検討しないで、ある日突然巨大災害に遭ってしまうのです。そして泣き叫ぶのです。そうではありませんか?貴方はどうですか?貴方のリスク回避は、万全ですか?誰もやってくれませんよ、首相や大臣や政治が悪いのでも役人が悪いのでもありません、貴方自身が悪いのですよ。
「洪水なんか来ませんよ」「大地震なんか来ませんよ」「私の家は倒れません」「家はちゃんと建っています」と言ったものです。自動車事故でもよくある「多分大丈夫だろう」「多分事故はおきないだろう」「自動車なんかが障せんやろう」皆多分多分・・・なのです。

1)確認
2)多分

では大きく違うのですが、大方の人々:97%くらいの人は「多分大丈夫だろう主義」なんです。自分で家を建てた経験のある方ですと、家というものがかなりいい加減なものであることを認識しているのですが、経験も知識もない方は家は、多分ちゃんとできているはずだということだけなんです。家を建てる時自分で設計し・材料を買い・大工をする人はほとんどいないのです。誰かに頼むのです。他人に頼む種類のものには「インチキ医者やインチキ大工」が多いのです。だから大半の家は、多少の差はあるものの、まともにできていないのが現実です。他人に頼む場合は自分できちんとそのプロセスを立会い・検証しておかないととんでもない結果になるものなのです。
最近、手抜き工事業者がなんのかんのと言っていますが、大工なんてそんなものです。廃棄物業者なんか不法投棄をするのが常識なんです。タクシー運転手は交通法規なんか守ってなんかいません。そんなことでは商売にはならないのです。大工もできるだけ手抜きをしないと儲からないのです。いかにうまく、わからないように手抜きするかなんです。
家は次のようなもので成り立っています。どこかに弱点があると地震や洪水で簡単に倒壊することになるのです。地震や洪水で倒壊したのでなく、もともと簡単に倒壊するほど脆弱な家だったんですが、それにお気づきになっていないのです。
@地盤
A土台
B柱
C壁
D梁
E屋根
F筋交い・コーナー
G窓
H木材材質
I木材の太さ
J釘・ナット
K年数・維持管理・補修
家は小さな小屋でもいいですから、自分でお建てになったらわかるんです。@難しさA複雑さB大変さC手抜したらどうなるかがわかるはずです。私も長尾の森でかつて、小屋を作り、今も素人大工仕事をやっていますが、家にとって何が大切かがわかりましたよ。家が大丈夫かがわかりますが、そういう目から見ると、日本の家屋特に古いものは大半が100%倒壊します。断言しておきます。阪神大震災でも古い家屋は大半が倒壊しています。昔は法律規制や強度設計ができていなかったんんですね。
私でしたら、自分で今すぐにでも柱と柱をつなぐ角の部分に鉄板をビス留めしたり、筋交いをかまして補強します。少々見てくれなんかどうのこうの言っている場合じゃないですよ。また床上浸水の被害を受けないよう又は被害が最小にすむ対策を実施しますよ。
これらをご自分又はお金がかかりますが、専門家にまず診断してもらうことが最良の方法です。調査・診断の結果大丈夫だということになって、初めて地震や洪水に備えたと言えるのですが、事前にある程度の災害対策を真面目にやっているのは、せいぜい20〜30%というのが恐ろしき現実です。ということはあとの70〜80%は巨大地震や洪水で確実に倒壊することになるのです。
そうしてみると災害で泣き叫ぶ方々を見て単純に「可哀想だ」とは思えなくなってしまうのです。「テメーラ、オメーラ、災害に対して調査・診断・対策をしたのか?」と言いたくなるのです。被災して家が倒壊してからは、そんなことを言えませんので、今のうちに申し上げておきます。

・貴方の家を建てた大工は、90%いい加減です。
・巨大地震や大洪水に耐える家にしようなんて大工は99%いません。
・いかに安くして儲けを多くするかしか考えていません。
ところが皆様は、「大工は専門家・大工は誠実・大工はきちんと仕事している」はずだ、そうに決まっていると、間違った認識を勝手にしているのです。
国は、家の建設中と建設後に、資格を有する第三者の専門家の診断を義務づけるべきなんですがね。現実がそうなっていないのですから、政治が悪いなんて他人のせいにしていてもしかたありません。泣かないように、是非災害が来る前にやって下さい。税金が高くなる・年金が少ないはまだ良いのです。根こそぎ家も財産も失うことだけは避けねばなりません。それは貴方次第なんです。

 770最近の投資での注意点(欲の皮つっぱらせていると、とんでもない痛い目に遭いますよ)

■リスクをきちんと正確に認識しないことこそが最大のリスクである■
 (災害は忘れた頃にやってくる・災害は忘れるからやってくる)
最近日本株式が急騰しています。証券会社や銀行は、高齢の金持ちの日本人に投資を盛んに勧めるわけです。そこで投資(株式投資・投資信託など)をするのはよいのですが、昔に比べて、最近は少し事情が違ってきていると考えています。大いにリスキーな時代なんです。ちょっと考えてみたものだけでも次のように沢山のリスク要因があるのです。
競馬・競輪との相違点は、信じられないようなリスクがある日突然やってくることです。リスクが来るかもしれないということはわかっていても、いつ・どこで・どのくらいの規模でくるかがわからないのです。ですから玄人(プロ)は無論のこと、素人には到底予想が困難なんです。しかしこういうリスクを知ってか知らずか多くの人々は、株式投資等何らかの投資を行っているのです。リスクの大きい・小さいはあるでしょうが、かなりのリスクを負担しているということを肝に銘じておくことです。一時のような低迷の時期はそんなに心配することもないのですが、むしろ株式相場が上がりつつある場合には、リスクへの注意は大切です。なにしろ賭け事なんですから。

@原油の高騰・急騰
A資源の高騰・急騰
B大災害の頻発(台風・洪水)
C巨大地震・津波・火山爆発
Dイラク・パキスタン等各地の紛争
E各国での紛争・暴動勃発
Fテロ攻撃・自爆テロ
Gマネーゲーム・ヘッジファンド
H国同士の依存性・景気の連動性
Iサイバーテロ
J大国のバブル崩壊・経済破綻
K為替相場の大きな変動
○その他数え切れないほど沢山のリスクがあるのです

株式というのは、上がる時は良いのですが、ある日突然下がる時が来る可能性があるのです。その時、大きなお金が一日にして津波のように退いていくということがあり得、その時は一次的にせよ暴落するのです。ところが、そんな場合でも金持ちは損をしません。損をするのは一般の投資家です。大金持ちはいろいろな手立てを事前に講じているからなんです。彼等は予防的であり、いざという場合の動きも極めて迅速かつ的確です。暴落しても最も早いタイミングで行動する人の被害は少ないのです。リスクというのは、事前に予防し・緩和策を講じておき、いざその時がきたら的確な対応を取れるように事前にプログラムしておかないと対応が遅れるものなのです。
何故ある日突然、暴落なんかするかというと、

@リスクの発生の予測
Aリスクの発生
B更に有利な投資対象の出現
C意図的な相場誘導
D投資対象の移動

です。
これによって莫大な金が一日にして動くことがあるのです。一般の方々は、投資が安全であるような認識をしておられますが、そうではありません。通常時は安全で平和であっても、一旦、巨大台風や巨大地震や紛争や物価の急騰がある日突然襲い掛かる可能性があることを忘れてはなりません。
私も株式投資のリスクの怖さを最近強く認識した次第です。投資信託を含めて株式投資もそう安易にやってはならない。否むしろ、リスクの回避こそが、資産運用の最大のポイントであることを思い知ったのです。「そんなことはない、俺なんか株式投資や投資信託で大分儲けた」と言う貴方、そういう考え方こそ大いに危険なんです。

★わからない人のために例え話をしましょう。
Aさんは高速道路で100km/時で目的地に行く・方やBさんは普通道路で40km/時で安全に走行し、安全ベルトも締めて目的地に向かったとしましょう。
もしAさんが事故を起こしたとしましょう、かなりの大怪我か又は命を落とすことになるはずです。一方、Bさんが事故を起こしたとしますと、当然のことですが、Aさんに較べて大きな被害は生じないはずです。もし事故が起きない場合は、当然Aさんのほうが目的地に早く着くはずですが、事故の可能性及び事故による被害が大きくなる可能性はAさんのほうが数倍高いのです。
この例のように、現代はAさんのように危険の多い・大きい時代に相当するんです。「命も身体もどうなっても構わん」という方は「どうぞご勝手に」としか言いようがありません。今の時代それほど大金持ちでない人の場合は、安全第一のBさんスタイルで行くべきなんです。

今の時代は、不景気であるにもかかわらず、世界に金があふれているのだそうですが、莫大な資金は、持てる人に集中しているのです。江戸時代に飢饉が頻発しましたが、そんな時でも豪商は相場で大儲けしている一方で、庶民は苦しみに喘いでいたのです。
現代はそういう時代なんです。「皆が欲しいものは上がる・欲しくないものは下がる」そういうことを大金持ちが巧みに操り(マネーゲーム)、更に大儲けできる仕組みなんです。
「必要なものは上がり庶民は苦しみ・必要でないものは下がり庶民が苦しむ」のです。何事も「強い者/弱い者」の戦いであって、結果的に弱い者が食い物にされ、強い者が勝つのです。儲かる人(金持ち)がいれば、その裏に損する人(金持ちでない人)がいるということをしっかり理解しておくことが大事です。
賭博場でなけなしのお金を賭けるのが庶民であり、博打の胴元が大金持ちなんです。博打の場合も投資の場合も、100%確実に胴元に巻き上げられることになっているのです。ごく少ない庶民が幸運にも大金を得ることはあるのですが、それはほんのごく一握りなんです。
庶民はどうすればよいかというと、

@利益より安全性を重点にすべきです
Aリスクを想定することです
B資産の状況がリスクに対して安全かどうか評価することです
Cそのリスクを回避する投資手段を選ぶことです
D賭博的な状況に引き込まれないことです

「私は全財産を、日本の銀行と郵便局に円で預けているから、大丈夫よ」なんて言う方が案外多いのですが、冷静に考えると、全額円で銀行預金なんてのは、かなり危険なものなのです。金持ちがどうしているかも参考にされたら良いのですが、金持ちはお金を円だけでなく、幾つかの外貨に分散し、銀行だけでなく各種の資産運用に分散しているのです。
金持ちは儲けることに関心がある一方でその金の価値が下がることを一番恐れているのです。そしてそういう金持ちは世界的な又は日本でも有数のファンドマネージャーに委託して資産管理をやってもらっているのです。そういう場合に大事なことは儲けることも大事ですが、万一リスクが発生しても最小の被害で済ませることを重要視していることです。
ところが一般庶民は、お金の余裕も知識も委託するだけの力もありませんから、日本の銀行に全額円で預けるなんて危険なことを平然とやっているのです。
異常な事態がなければ、投資ほど簡単で美味しいことはありません。でもこれだけリスクの多い時代は要注意ですよ。現実に日本人が、ここ2、3年地震や洪水災害で資産・家財を全て失った方が多くいる現実をお忘れになってはいけませんよ。
ところで一口にリスクと言っても少なくとも三つに分けて考えるべきです。

@投資する企業そのもの自体のリスク(例A社の業績が悪化・事件・倒産等)
A世界情勢・国の情勢のリスク(世界や国の経済情勢・財政状況・石油の高騰)
B大規模な災害・紛争によるリスク(巨大地震・テロ・巨大台風等)
わからない方は、次の例をお読み戴くとともに、早速、数社の銀行や証券会社に行って、自分の資産の運用状況の安全性を相談・確認してみることをお勧めします。儲けることより安全性の確保の大切さが理解できるはずです。金山に金をとりに地雷が沢山埋め込まれた道を行くようなもんかもしれないのです。それほど多くの危険が潜んでいるのです。

最後に卑近な事例でご説明しておきましょう。
@事例1:東京に巨大地震がおき東京の機能がマヒし、復旧の目処がたたない
 ■こういう場合円の相場は急落します。大半の日本の株価も急落します。物価は高騰します。東京の被災者は家財を失い、ホームレスになります。そして日本中が長期間そのとばちっりを受けるのです。他国も多少の影響を受けますが日本ほどではありません。
さあーこういうリスクを想定した場合貴方の資産(現金・証券・家財・土地)の保有の現状は大丈夫ですか?大怪我し、家も家財もなくなり預金や株式が大きく目減りしても生活できますか?
A事例2:アメリカに自爆テロが頻発し、イラク紛争も活発化し、巨大ハリケーンや災害も各地に頻発する
 ■こういう場合アメリカ国内は騒然とし、経済が失速し、ドルが暴落するとアメリカだけでなく日本を含めて世界中が大規模な経済的な混乱に巻き込まれることになります。当然株式もあらゆるものが暴落します。こういう状況に対して、貴方の資産(現金・証券・家財・土地)の保有の現状は大丈夫ですか?
B事例3:こんな大きな出来事だけでなく、ご自分や家族の大病や自動車事故や地震や洪水で健康な身体や家財を失った
 ■こういう個人的なリスクの場合は個人だけで済むから、まだよいようなもんですが、個人にとっては、それはそれは厳しい試練になりますよ。人によっては自殺に追い込まれる方も増加しています。そういう場合のリスク回避の対策は万全ですか?保険などにきちんと加入していますか?保険も一種の資産ですよ。

  769投資(株式投資・投資信託など)に気を付けましょう

最近日本の景気がよくなったということで株価が急上昇しています。
その結果、外人が日本株を大幅に買いに走っています。一説では、高騰した石油相場で儲けた人々の莫大な金が行き場を失い日本株に殺到しているのだそうです。次のような状況が起きつつあります。

@証券会社や銀行は投資を勧めます
A株式投資や投資信託で儲かるような世間話も出てきます
Bテレビ等でも、そういう話題が多くなります
Cそして多くの人が投資を始めようとします
Dその結果、ある程度上がるがそんな甘いもんではありません
E基本的に一般人は大金持ちの餌食になりがちです
F大金持ちや専門家は餌食を待っているんです
G少し甘い汁を吸わせておいて結果的にガバッととられてしまうのです
H基本的に専門家(胴元と言ったほうがよいかも)にとられてしまうのです
Iどんどん株式が買い上がった時点で、大きな下げを仕組んでくるのです
Jあまりに大きな下げで、一般人はびっくりして狼狽売りをするのです
K貧乏人はリスクや急落に耐える能力がないのです

その結果儲ける人は、いるにはいますが、実態は、僅かなものなのです。
だから一般人や素人は、慎重な上にも慎重を期すべきなんです。高度成長期なんかやたまたま良い状況が続く場合は、素人でも大儲けできることもありますが、そんなことがずーとあると思うと大間違いなんです。「災害は忘れた頃にやってくる」と言いますからね。突如予想しなかった事態によって、大損するのです。事業というのはやったことがある人でしたらご存知ですが、非常にリスキーなものなんです。株式を買えば永久に確実に儲かり続けるというような安易なものではないのです。

@一般人は、大きく儲けることより、安全性の高い投資を選ぶべきです。
A株式投資も、競馬や宝くじと同様に一種の賭けことであることを忘れてはいけません
B大損して文句を言い落胆する人は、やめておいたほうが良いのです。
C但し安全だからと、銀行に円だけで資産を持つのもリスクが多いのです
 (円預金だけの人は、大いにリスキーですよ)
D専門家に相談する(但し専門家も完全ではありませんが)
E相対的にリスクの少ない投資信託を買う(但し投資信託も下がる可能性はありますよ)
F銀行預金は、基本的に安全ですが、リターン(利子)は少ないのです
G株式投資やリスクの多い投資をする場合でも全額でなくせいぜい30%にとどめるべきです
H大事なことはリターンがあるということは、一方でリスクがあるという真実です
I俺は株式投資のプロだなんて自惚れているととんでもない大きな借金を残すことになります
Jお金は刃物のようなものです良い道具ではありますが、危険きわまりないことを再認識すべきです
K大切なことは、資産をどういう形で持つかを勉強し専門家に相談し、最後は自分で決めることです

例えば株式を買う場合は、値上がりよりの配当性や安定性のある堅実な会社を選びできるだけ安値で買うのが素人にとっては上策かもしれませんよ。

  オリンピックの招致なんかやっている場合か?大ブーイングせよ、災いが増えるだけだ(ロンドン同様悲惨になるだけだ)

昨年は、崩壊寸前の大阪が見事失敗し、今年は福岡や東京がオリンピックの招致を打ち出し、またぞろ競技施設を建設し税金の無駄使いを企てていますが、一体政治家や役人は何を考えているのか根本を疑います。
アメリカがイラク戦争どころではないのと似ています。アメリカ国民にとってはイラク戦争は大きな迷惑であり・負担なんです。そして洪水の被害の予防や事後処理やアメリカ国内に山積する問題解決を真剣にやって欲しいのですが、ブッシュは、国民の苦しみなんかよりも、現実は戦争大好き人間なのです。政治家・役人は金正日そのものなんです。金正日を非難する資格などないほど、好き勝手なことをやりたがるんです。
もっと国自身や国民の生活のことを真剣にやればよいのです。政治家や役人は余計なことをやって欲しくないのです・余計なこと碌でもないことをやって過去負の遺産を残してきたことを忘れたのでしょうか?もっと本業だけに徹して欲しいのです。政治が万全で時間も財政も余裕がたっぷりあるというのならばよいのですが、「逼迫し・青息と息」の状況なんですよ。
マスコミが大ブーイングをしないといけないのに、ほとんどしていません。マスコミもオリンピックは自分達にとって商売になると考えているからなのです。新聞テレビ等のマスコミも国民のことはどうでもよいのです。自分達さえよければ。
今、日本および各都道府県はオリンピックなんかやって浮かれている場合ではないでしょう。
赤字を減らすべき時にまたまた赤字のねたを増やすなんて、東京・福岡・札幌の知事は、金正日以上に理解できない将軍様だ。金だけでなく、いろいろな負の効果を生じるのが何故彼らには、わからないのでしょうか?何故あんな知事や議員を選んでしまうのでしょうかね?まだまだやるべき重大事が山積しているんですよ!
@地震災害対策は?
A巨大台風・洪水対策は?
B若年層の無気力化は?教育は?
C高齢化は?小子化は?
D膨大な財政赤字の解消は?
E小さな政府・役所は?
F地球環境問題・温暖化対策は?資源・エネルギー確保は?
G年金問題は?
H高齢者の介護は?
I役人の不正や天下り、非効率業務の改善は?コスト削減は?
Jデフレ対策は?
K凶悪犯罪・詐欺の削減は?
冷静に考えてみて下さい。現実に今の状況で、オリンピックが日本には決まるわけがないじゃありません。まだ一回もやってない国や長いことやっていない国は世界中に、いくらでもあります。招致活動に莫大な無駄なお金や時間をミスミス失敗することにかける余裕なんかないはずなんです。
テロが多発する時代にテロの脅威をわざわざ持ち込むことも感心しません。テロの予防に莫大な無駄な予算が使われるのです。
日本は、オリンピックのような表面的な派手な活動は他国に譲ってもっと日本にしかできない平和的なこと・環境配慮的な地道なことをやるべきではありませんか?
国民の皆様これだけ膨大な借金をかかえ、多くの問題をかかえているのに何故今オリ
ンピック招致なのか?腹がたちませんか?福岡・東京・札幌市民の皆様、早く猛反対しないと全国一最悪である大阪市の二の舞になりますよ。市民は財政赤字を増やし生活は苦しく・テロの脅威にさらされてもよいのですか?少なくともロンドンのように1回2回くらいの自爆テロくらいは覚悟しないといけません。
マスコミも政府もなんら反対しないことも不思議でたまりません。
巨大地震はもう明日起きてもおかしくないんですよ。平和ボケというか災害は忘れた頃にやってくるんですよ。災害対策でなくスポーツ施設なんか作り借金を増やすことなんかやっている場合じゃないでしょう?
福岡・東京・札幌の知事に大いに反省を促すものです。
http://www.blog-headline.jp/archives/2005/09/post_1120.html
いい加減にしてくれよ?財政赤字解消オリンピックや地球温暖化削減オリンピックなら歓迎ですが?何故スポーツなのでしょうかね?もうスポーツはうんざりです。国民の生活向上に全く結びつきませんよ。
目下の状況及び今後約10年の予想される状況では、オリンピック招致はその都市の人々を含めて国にとって、災いの元でしかありません。

  767文句言い政党の野党的イメージではなく自民党と協力して改革すること・国民のための政治をするこそが与党イメージアップになる

今回の選挙によって、当分、民主党が与党になりそうもないことが明らかになったようです。
阪神タイガースが一昔前まで万年最下位になっていた時期がありましたが、最下位を脱出できなかった理由は、
@戻るべきなのに、進もう進もうとばかりしていたことです。
 「戻るなんて馬鹿なこと言うな、ジリ貧のチームが戻ってどうするんだ?」ということだったんでしょう。
Aそしてあれやり、これやりと、やれることは何でもやり倒すんです。でも所詮はやれることだけなんです。
Bしかし末期的な大病のような状況ですから、あれこれやればやるほど、かえって状況は悪くなっていくばかりなんです。
C地球環境問題も同じようなことなんです。環境対策と称して懲りることなく、次々にあれこれ対策をやるんです。
Dしかし肝心の環境負荷は減るどころかむしろどんどん増加・悪化するばかりです。益々悪化する地球温暖化が典型的な例です。
E対策を実施することは、ある意味簡単です。予算つけて・担当決めて・時期決めて・手配してやればできるのです。
Fしかし温暖化や地球環境に悪い影響を及ぼす根本原因の自動車・空調・電気・使い捨て・・・は全く止められないのです。
Gだから「一生懸命やっているんですがね」と言っても、実質何にもできていない。誤魔化しのことだけやっているからなんです。
H戻るということは口で言うと、ごく簡単なようで、最も困難を伴うことなんです。「あれもできん」「これもできん」となってしまいます。
Iできないことはやらないで、できることだけをやろうとする。ところが大事なのは、できないことのほうなんです。
J現在の状況を一度全部捨てる・全部脱いで裸になることです・一から出直すことです。
Kそうしないと民主党は、かつての社会党のようにどんどん「国会で文句ばかり言う・時間の無駄使い政党」に益々なっていくのです。
29日の国会で民主党の女性議員が自民党が今回の選挙で勝ち過ぎたが、「奢れるものは久しからず」「やがて必ず滅びる時が来る」なんてまあ、政治とか・物事の原理原則を知らないお粗末なことを、恥ずかしげもなく演説していました。自民党は新人に勉強をやったようですが、民主党は国会で演説するレベルの議員が、あんなお粗末であるということは、民主党は古い議員を追い出すか、真剣に基本的な教育をやらないといけないんのではないでしょうか。
「文句言うことが自分達の重要な役割」になっているのです。会社で「文句ばかり言っている奴」が出世したことがありますか?しかも今の国会のように、おおぴらにやったら出世どころか、尊敬を受けることはありえません。文句を言う人は、それは気分がいいでしょうが、世間は好意的には受け止めません、「文句ばかり言う奴だ、あんな奴の言うことは聞く耳持たん」というのが当然のことです。
ところが毎日の国会の答弁は与党の非難・中傷ばかりなんです。無駄ですよね。会社で仕事やらずに文句ばかり言っている社員ばかりだったら、そんな会社は儲かりますか?
しかし民主党は多分そんなことはしないでしょう。そうすれば益々自民党に水をあけられることになるはずです。
阪神も巨人も大企業も改革=戻る場合に障害になるのが年寄りなんです。最近の阪神は若返りましたね・巨人はどうですか?清原・桑田・高橋・江藤・・・かなり年寄りというか・高給とりの大御所が多いのです。大企業も年寄り中心の会社は改革が遅れて苦境にたたさせるのです。自民党は今回大幅に若返りました。改革がやり易い情況になったのです。
ところが民主党はどうなんですか?
民主党よ今のうちに若返る・基本に戻る・民主党をぶち壊すことこそが大事なんです。自民党のあら捜しをやって、国会でいかにも楽しげに・気分よく文句を言うだけの日々であってはいけないのではありませんか?
与党・二大政党と声高に叫ぶ・ほえるのでなく、与党的な二大政党的な行動を行い結果を残し与党らしく振舞わないと、簡単に民主党が与党になることなんか100%あり得ません。
自民党でも棚ボタで当選した若い議員がマスコミで感想を自由に発言したことを、「言うな」と長老が阻止したようですが、昔ならともかく目下の政治の情況においては、若い力を押さえつけて自由な発言をさせないというのは、自民党もまだ変わり切れてないようですね。目下の状況は、老人は控えめにして、若い力を伸ばすことが大切なんですよ。
まあ多分駄目でしょう。若く・物事の基本がわかった前原さんが党首になったことは僅かな光が差し込んだようにも見えますが、小泉さんがこの3年くらいでやってきたような党内の抵抗勢力との戦いをしないといけないのでしょうね。
何しろ文句言い政党の野党的イメージではなく自民党と協力して改革すること・国民のための政治をするこそが与党イメージのスタートラインですぞ。目下の自民党が阪神タイガースとすれば、民主党は、優秀な選手を抱えながら低迷する巨人ジャイアンツなんでしょうか?
敵は皆敵でなく。味方にして国民のための改革をやらんといかんですよ。そうしないと旧態依然の民主党は、更に・完璧に国民から見放されます。「汝の敵を愛せよ」かな?

  766民主党は与党になれない

民主党が惨敗して、あんなに自信たっぷり、偉そうに言っていた岡田投手はピッチャー交代のように、前原投手(党首)にあっさりにバトンタッチ。こういう対応の仕方自体が民主党の頼りなさ・脆さ・いい加減さ・・・を露呈してしまったのです。
人も企業も国家、長年うまくいかずジリ貧が続くことがあるものです。こういう場合のほとんどのケースがジリ貧のままになるものです。
かつての阪神タイガースがそうでした。そして今もプロ野球の下位チームが、かつての阪神タイガースのようなジリ貧の状態からなかなか抜け出せずに悩んでいるのです。民社党(旧社会党)なんかは、反対党・文句言い党のまま、自分自身の変革を置き去りにしてきたために、ジリ貧になり、あげくのはてに再起不能、消滅・絶滅寸前になっているのです。
バブル崩壊後多くの会社や個人も破滅や崩壊の道を辿ったものです。こんなことは、珍しいのでなく、むしろ非常に多いのです。
長期にわたって、土壷(ドツボ)にはまって抜け出せない原因を知ることは有意義なことなのです。民主党がなかなか与党になれないことを分析すると、その答えが出そうです。
民主党が自ら根本原因の分析をやって欲しいのですが、こういう場合、おうおうにして、野党の党員は反省するどころか、岡田党首が悪いの誰が悪いのと真の原因分析をしぶるのです。良心や誠実さが欠落しているが頭だけは良い人が多いですから、本格的な党内抗争が始まってしまうのです。仲間割れというか内部闘争へと、本来思ってもいない方向へと進んで行くものです。
原因のいくつかをあげてみましょう。
@勝つこと自体が目的になる
A反対することが目的になる
B結果を出すことをあせる
C争うことが主になり、同調を嫌う
D了見が狭く、的外れなことをやる
E自分が正しいと勝手に思い込む
F利害関係者のことを考えない
G幼児的行動・後ろ向きなことをやる
H冷静になれず、すぐにカッカする
Iあれこれ小手先のことを沢山やる
J格好よく、見栄を切ることが好き
K実効のあがる手を打とうとしない
まだ、その他理由は沢山あるのでしょうが、一言で言えば自分の殻に閉じこもって、やたら、うごめいき、もがくだけで、結果が出るようになっていないので、むしろ益々悪い方向に行ってしまうのです。
株価なんかの場合でもよくあるケースですが、そろそろ上向きになるかと思うと、更にドンドン下がることがあります。下向きになって、更に方向が下に向かっているという兆候がある場合は、よほどの反省をしろという強いシグナルなんです。
今国会でも、民主党はまたまた反対・反対と今まで以上にがなりたて、もがきまくるはずです。その結果、ますます民主党は国民から見放されていくのです。私も10年くらい民主党を応援してきましたが、そろそろ民主党自体がなくなってしまうかもしれませんね。
長期奈落の底の阪神タイガースが再生するために、野村監督や星野監督が何をやったのか思いをはせてみなさい。多分相当に大胆な変革を地道にやったはずなんです。自らの党の改革もできないものに、国の改革なんかできっこないのです。

  765政治家ってなんなの?

「政治家というのは、一体なんだったんだろう?」と最近考えることが多くなっています。

今回も、小泉自民党が予想外に勝ったのですが何故「小泉さんや自民党」は俺らは正しい・立派だ・支持されていると勝手に考え、一方岡田自民党は選挙で大敗した途端に「私は間違っていました。辞任します」となるんでしょうか?そんなに単純ないい加減なものでよいのでしょうか?「どうも彼らは本物の主体性がなく、票や利権をバックにころころ考えを変える人たち」らしいのです。
選挙中はあれだけ自信ありげに公衆の面前で見栄を切っておきながら、選挙で大敗した途端尻尾をまいて自分の信念を、あっさり変えるそんな情けないリーダらしき怪しげな者どもに政治を任せておいて良いんでしょうか?また大勝したから俺は信任されたと安易に考えるような薄ペラな人格の人間をリーダーと思いこんでよいのでしょうか?
今回の選挙によって、国民は、全面的に小泉さんを信任してはいませんし、岡田さんが駄目だと言い切ったわけではないのです。むしろ選挙に負けたからこそ、岡田さんを党首にしてそのままがんばって結果を出すべきだったんじゃないでしょうか?原因の分析・特定・抜本対策でなく、適当に原因を決め込んで一時しのぎの処置で誤魔化すのですようでは、何時まで経っても与党にはなり得ませんよ。
真剣に喧嘩しました。ところが、「喧嘩に負けた途端に私が悪うございました」というようなことではありませんか?ということは腕力の強いものが正しいというような論理になってしまいませんか?今回の民主党のお粗末さ・残した汚点は、選挙に負けたこと自身ではなく負けてすぐに党首の首を挿げ替えてしまったことです。これこそが民主党が与党になる資格がないことの何よりもの証拠になってしまったのです。こんなことを繰り返していると、昔の社会党のように確実にジリ貧になっていくだけなんです。
民主党は、選挙に負けたから党首を変えたのではなく、もともと民主党のポリシーが検討不十分でいい加減だったからなんです。
ですから、岡田さんが変わった以上に民主党自身が大きく変わるために総括しないといけないのです。前原さんに首だけを挿げ替えればそれで禊が終わったという子供騙しの処置は、ますます民主党を堕落させていくだけなんです。もっとも巷の評価では、前原さんのほうが従来の民主党党首よりかなりましなようですが?しかし前原さんでも十分とは言えないようにも思いますが。

結論的に言うと、自民党も民主党も頭でっかちでろくでない人間の集まりですから、選挙の結果が、どちらにころぶにせよ、改革が進むどころか、世界の各地の紛争のように、意見の衝突ばかりで、推進派と抵抗派の無駄・無意味な論争に終始し、改革は進むどころかますます悪化していくだけなんです。「船頭多くして船山に登る」

小泉自民党も幸か不幸か、大勝しましたが、小泉さんのポリシーが少しましだっただけなんです。全面的に優れていて国民から大きな支持を得たのではありませんから、有頂天になっている場合ではありません。はっきり言わしてもらうと、大多数の国民は、小泉さんの改革構想を100点満点で5点くらいとしか考えていないはずです。
今回小泉さんにとって、有難かったことは、皮肉にも亀井や古賀や綿貫などという応援団が登場し郵政改革法案に反対票を投票したことなんです。「敵は本能寺にあり」でなく「味方は本能寺にあり」だったのです。まさしく彼らは、飛んで火に入る夏の虫だったんです。彼らこそ小泉さんにとって功労者だったんです。その結果古い自民党をぶっ壊す決断をせざるを得なくなったのです。亀井・綿貫等は、できれば手心を加えたほうがよかったのですが、とことん」小泉を追い込んでしまったのです。窮鼠猫を噛む・瓢箪から駒・虎穴に入らずんば虎子を得ず・9回2ダウン満塁逆転ホームランになってしまったのです。それが証拠には、小泉さんも誰もこんな大勝を予想をしていなっかたのですから。
岡田さんが少しは悪かったこともあるかもしれませんが、自民党が大勝し民主党が大負けしたのは、このような別の理由があった訳です。ヨン様がおばちゃんに信じられないほど馬鹿受けした類なんです。
滑稽なことは、自民党も民主党もとんでもなく一喜一憂しているんです。岡田さんなんか乙女みたいに意気消沈して一夜にしてすごすごと尻尾まいて座を降りてしまったほどです。自民党は自民党で、勝った勝ったとこれまた乙女のように勝ち誇り喜んでいるんです。もっとも悲しき乙女は亀井・古賀・綿貫やその配下の議員さん達ということで今回の小泉劇場が幕を下ろすことになったのです。お粗末さまでした。
かわいそうなのは、亀井や古賀や綿貫に踊らされ、先導されて従った手下の自民党議員達です。喜んだのは、濡れ手で粟で議員に当選してしまった俄か自民党議員達だったのです。まるで1億円の宝くじか大穴の馬券に当たったようなもんなんです。こんな選挙もあるんですが、選挙制度も少しおかしくないですか?
こんなことなら、俺も立候補しておけばよかったという人は多かったでしょうね。「政治家に国家を丸投げでまかせるのは大いに危険だ」ということです。それほど議員の大多数は「無能であり、大多数の議員は利権と結びついているのです。国民のため・世界のため・地球のためなどという人格者かつ有能な指導者の集まりではないのです。所謂「烏合の衆」に過ぎないのです。
個人的または一地方や一業界の利権を離れ、民意を確実に反映する全く新しい政治のあり方の抜本的な改革こそが必要なんですが、そういうことを考えるしくみ自身が欠落しているんです。
団塊の世代が大量にリタイアーしますが、こんな情けない無能議員や木っ端役人どもにまかせていないで、シンクタンクを作り、日本や世界の政治のあり方について真剣に企画立案して欲しいものです。

764今回の選挙は信じられない結果ですが、これで良かった、大いに改革断行して欲しい

私の当初の予想は半分当たり、半分は当たりませんでした。裏切られましたが、良いほうに裏切られました。

国民は、小泉改革にかけたようです。小泉さんも亀井さんも国民も評論家もびっくり、「なんと自民党圧勝だぞ」「スゲー結果だ」「うそー」「信じられない」・・・・・小泉が良いかどうかという意味でなく、こういう結果になって私も多数の人々もなにか「ホッとしたような、良かった」というような感想を持ってはいませんか?
「小泉さんがここまで曲りなりに改革をやってきて、自民党の古い議員まで切り捨てた、さあ本気でやってよ」ということなんでしょう。こういう結果になって非常にびっくりしているんですが、今になって思えば、良し悪しは別にしてこういう結果にした国民も偉いし、もしこういう結果にならなかったらすごく暗い思いがしたし、株価も下ったかもしれません。万一民主党が政権でもとろうもんならかなりの混乱や改革の停滞が生じたことは間違いないのです。(ちなみに京都で、私は民主党に票を入れましたし、その議員は当選しましたが)一番の課題は、財政再建でしょうね。小さな政府・悪代官の巣の役所や公益法人を大胆にリストラクチャリングしてほしいですね。

ところで民主党は、スローガン「二大政党化」や「政権奪取」がまずかったですね。二大政党とは勝手に岡田さんが言っていることであって、まだ国民の了解・納得したことではなかったのです。二大政党というからには、そうなる前に、二大政党らしきことの実績を出すことですね。それと二大政党を対立の図式にして小泉自民党をさかんに批判することだけを快感に感じているようではいけないのではありませんか?犬の遠吠えでなく、もっと自分の実力を具体的に発揮するような手法に変えていくことが大事です。多分昔の社会党のように与党自民党の批判政党に堕落していくのでしょう。「他を批判する奴に碌な奴はいない」批判が癖になっているのです。批判は楽・批判は楽しいからです。真剣に与党になろうとしているのであれば、是非批判は止めましょう。ますます二大政党の実現から遠ざかり下手すると民主党は消滅しかねません。
むしろ共産党のほうが与党的です。個人的には、共産党はどうも好きにはなれませんが、彼等は自分達のしっかりした方針と施策を提示していますし、彼等が与党になれば実行するはずです。
また亀井さんは、当選しましたが、おかしなことをテレビで吼えまくっていましたね。「民主政治は終わりです」などと、みっともないというか、支離滅裂なことを公の場で声高に言って恥ずかしくないのですね、まあ敗残の残党で、多くの人は、亀井さんや広島県人を馬鹿にしていましたよ。次回選挙では確実に消滅です。マスコミも、テレビで面白おかしく非常識な政治家として取り上げ、今後はテレビで更に醜態を晒すだけでしょうね。まああれがこれまでの古い体質の自民党の象徴であって、あの人は歴史的遺産としては、まだ数年は、みせしめに必要なのかもしれません。

これからは、政党間が対立をして相手を批判して無駄な時間や税金を使うのでなく、国民のためにはどうするのか問題を大胆に改革していくために挙国一致で政治に当たって欲しいものです。どうも民主党や亀井さんみたいな議員が、改革阻止をするだけの無駄な討議をするだけであろうかと思います。

企業を再建する場合は、改革派と抵抗派が無駄に議論するなんてことはあり得ません。改革派の責任者に全てを託す。抵抗派は排除するか、改革に協力するかなんです。結果が出なければ、更に厳しい改革派の責任者に変えることなんです。

これからも改革の法案が出てくるでしょう。改革に反対するのでなくその改革を効果を挙げるように討議しなければ全く意味も価値もないのですが、多分民主党や野党は、相変わらず「反対・反対・反対・改革反対」となるのです。
でも今回は小泉さんはどんどん改革をできるのです。大鉈ふって欲しいものです。
最後に小泉さんに一言

@靖国参拝問題の解決
A役人や公益法人などのリストラ
Bその他徹底した無駄削減(民間のトヨタ方式の導入)
C軍備費から災害予防対策への予算シフト
D定年退職者の自営・起業の促進

岡田さんに一言
・批判政党という悪い癖を止め、与党と協力して国家を良くしていくという路線にする
・喧嘩癖も良くないですよ、「与党憎し」でなく「与党は協力」
(それが嫌ならば万年野党が没落を覚悟することです)

763期日前投票が一番

選挙は区役所・支所で1週間前くらいから毎日期日前投票をやっている。これが一番良いですよ。国民よ皆行くのだ!好きな時に行けますからね。選挙に行かない国民からは、年末調整で、税金かなんかで罰金をとれ!

762どの政党も改革なんかできっこない/今回の選挙も「大山鳴動して蚤一匹」

今度の選挙を見ると以前の選挙に比べて改革の期待が高くなっているように思います。
ところが党首の演説やマニフェストを見る限り、魂の入った改革などというものは何もなかったように思います。「つじつま合わせ・数字合わせ・ご機嫌とり・一時しのぎ・模様替え・誤魔化し・・・・・」をもって改革と思うのが政治家や役人なんです。
改善又は手直しであって、一般的に社会や民間では、ああいうのは改革とは言いません。改革の何たるか、改革のかの字も知らんお坊ちゃんお嬢さんタレント崩れの改革のずぶの素人集団の政治家や木っ端役人どもに何もできるわけなんかありえない。どこが与党になっても、むしろ確実に悪くなっていくばかり。悲しいことではありますが「政治家や役人どもはもっとも改革の素人・改革の無能者・改革の抵抗者」であるという真実を認識しないといけないのです。どこが与党になってもあいかわらず「改革の抵抗者」どもが改革を阻止するのに一生懸命になるのです。今回、圧倒的多数の与党が出現すれば別ですが、そうはならないのです。選挙で政治家を選ぶ国民自身の中にも改革抵抗派や無関心派が多いからです。
根本理由は、彼らは改革をもっともしたくない人間達であることです。その他にも理由は、沢山あります。
@中途半端な改善にすぎない、部分的な改善にすぎない
Aどこの政党も相変わらず無駄使いばかりで、無駄な経費(無駄な予算)の大幅なカットの表明が全くない(何を大幅に切るのか?)予算30%カットくらいの意気込みでないと
B原因の調査分析が根本的に不足している
C思いつきでアイデア性がない(単なるアドバルーンや花火のあげあい)
D改革というほど厳しさがない(素人ができるような簡単なことじゃない)
E「できます。やります」というが、もし本物の改革であればそんな簡単にできっこない(どの政党も「簡単にできます」のような感じで言っているがどうもおかしい怪しい)
F改革の青写真が幼稚、どの政党の案も合意を得るには掘下げ不足でお粗末
G国民を納得させられる、優れた改革のための方法論がない(結果の提示だけ)
H厳しいはずの改革が本当にできる裏づけが不明確(国民は疑心暗鬼、他党もできっこないとののしりあう)
I相変わらず相手の政策の批判をすることで自分の正当性をアピールする習性が抜けない
J「他党の政策より自党の政策のほうがまし」という単なる比較論
K総合性がない、部分的によくなれば他は悪くなっても知らんという感覚
L改革はまず自らが痛みを感じるものだが、そういうことは全くない
M改革というが、国民に痛みを与えることが中心である
N肝心の小さな政府や役所が悲痛な痛みを感じる政策は全くない
O肝心の危機的財政を早急に立て直す改革や借金削減の数値目標がなく、置き去りである
P改革ができなかったら「重大な責任をとる」という姿勢がない(「止めればトンズラすればよい」では困る・腹切るとか殺されるくらいの覚悟が必要)
Q八方美人的であって「関係国や役人や国民のご機嫌とり」を捨て切っていない(そんなことで改革なんかできない)
Rよほどの危機的な状況であり、今後も益々状況が悪化するという認識すらない
S過去の改革の物まねであって、日本独自、抜本的な方式になっていない
21政党間・政党内の喧嘩に終始し・改革を互いに阻止しあう(子供の喧嘩)が精一杯・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあその他理由をあげれば切がありませんが、まあ今の政治家と木っ端役人が考えるようなことでは、所詮改革なんて土台無理なんです。
だから今回選挙の投票率があがるとすれば、それ自体は良いことではありますが、「選挙に行ったけど益々事態が悪くなった」では、もう次の選挙は誰も行かなくなるか、又は選挙自体が混迷を深くしてしまうことになるかもしれません。「もう騙されない・選挙なんか二度と行くもんか」となったら不幸ですよね。どうやらそうなりそうな気がしています。
「改革・改革・改革・改革・改革・・・・・」本物ではないのに、政党内・政党間の喧嘩ばかり、改革の阻止しあいに時間を割いていて、よくもまあ出鱈目や嘘を言い続けられるもんですね。多分、今回も結果的に、従来以上に大きな嘘つきになるはずです。
そして選挙後の国会もどこが多数をとろうが、しれたもので政党間のののしりあい・喧嘩しあいだけの議論がまたぞろ延々と続くのです。(「改革します」と声高に言ってたはずのあれら最低の人間ども(政治家=声事家は間違いなくののしりあいと改革の阻止のしあい証人喚問みたいなことで暇つぶしをやります。)
政治家が政党間の醜い争いに終始しているうちは、改革の成果なんか出るわけがありません「間違いない!!」村上和隆
もう政治家や役人に期待すること自体が無意味だということを認識しないといけません。
宝くじを買わないと1億円は当たらないと言いますが、買っても当たりませんよ。
同様に政治家に期待し選挙に投票に行かないと政治は良くならないのでしょうが、結果的には良くはなりません。

所詮、宝くじ同様「政治家とか役人なんてそういうもんなんです」(良い大学を出ているか頭が良いかどうかなんてことは別にして、結果的に極めて低レベルの人の集まり=烏合の衆(臭)なんですよ)わかってもらえますか?「そんなはずはない」ですって、まあ勝手にして下さい。

こういうことは歴史が何回も証明しています。改革なんてどんな有能そうな政治家でもそんなに簡単にできるものではないのです。
ところがどうです。例えば「民主党の岡田さんには期待できません、改革ができるのは小泉自民党だけです」なんて言うし一方、「自民党の小泉さんには期待できません、改革ができるのは民主党だけです」なんていう大嘘を平気でつけるのです。
あれらは、どこの党を問わず、根も葉もない大嘘です。むしろ頭の悪い各党の政治家が、この際、自党のためとか自党が正しいなどという狭い了見をのり超えて国民のための視点で挙国一致しなければ改革なんかなせるものではないのです。所詮は政治家同士の愚かさをぶつけあい税金を無駄使いしているでけなんです。
例えば、党派を乗り越えて民間人100名くらいで改革を検討したほうがずーと改革はうまく行くはずですがねー。
皆様はどう思われますか?私は、ここ3年前くらいから、政治家や役人には全く期待していません。期待度0です。

761今度の選挙はあまりよい結果にはならない。無能なドングリの背比べ政治家どものわめきあいに終わる

今度の選挙は、当初はかなり面白いかなと期待していましたが、どうも方向感の乏しいものになっています。国民もマスコミも明からな結果を予測できないでいます。選挙結果は、しまりのないドタバタ選挙・実りのない選挙になるような気がしています。
なんとなくではありますが、民主党の岡田さんの言うように「今回の選挙で民主党が政権をとります」とはならないような気がします。また自民党の小泉さんが言うように自民党が圧倒的な単独過半数をとることもないような気がします。
選挙になると、党首どもは、「今度の選挙で大きく変わります」と言いますが、これは犬の遠吠えであって、根拠のない自分勝手な思い込みなんです。それが証拠に、かつて大きく変わったことなどはあまりないのです。
私は、今回も当初の勢いに反して、代わり映えのしない結果というか、国民が満足するような結果は出ないと断言します。
もし大きく変わるためには選挙の前に大きく変わるに値する具体的なパフォーマンスがされていないからなのです。マニフェストで「政権をとったら、こうします」だけではいけないのです。選挙の前に国民が「おや」「こりゃいいな」みたいなことを、言うなりやったりして種まきをしておかないといけないのですが、今回も選挙前のパフォーマンスは何もありませんでした。自民党も民主党も公明党も社民党も共産党もたいした変化の兆候を選挙前に示していないのです。
私は民主党に一度政権をとって欲しいと思う一人でありますが、今回もこの願いは達成できないように思います。というのは、民主党は政権野党と言いながら、やっていることや発言、戦術が野党の体質や野党のやり方を抜け出られていないからです。
例えば、岡田さんの小泉さんへの批判「小泉さんは何もやっていない」「なにも成果をあげていない」「郵政改革法案はなっていない」・・・・というように嬉々として何度も繰り返し相手を非難していることです。政権与党になるには、相手の批判はかなり減らすべきです。というのは国民は小泉さんの駄目なことは今更言わらなくても、十分認識しているからです。いくら小泉批判をしても岡田さんから新鮮さや、パワー・力強さを感じないのです。
「民主党の岡田はこんなに素晴らしい」ということをいろいろな面でプレゼンしないといけないのです。残念ながら、国民の心を強く惹きつける素晴らしいネタがないのでしょうか?岡田さんは、風貌だけ見ても頼りない感じがするんです。その頼りなさそうな若々しい男が声はりあげて小泉批判をしていると「まだまだ尻が青い文句屋だ」と感じてしまうのは私だけでしょうか?
「岡田はすごい」「岡田はしっかりしている」「岡田はまかせられる」という印象を受けないことです。「選挙で民主党に入れるぞ」とはなっていないのです。残念ながらチャンス到来なのに、今回も岡田の影は前回の選挙よりも薄いのです。これは印象だけではなく政策に物足りないものがあるからでしょう。プレゼンテーション技術も稚拙です。国民の心につきささらないからです。
もっといろいろな意味で「国民や議員や役人や経営者団体などに信頼感のある」力強く・たくましい・誠実で人を惹きつける党首であって欲しいと思っています。かつての菅直人も年齢や経験不足のせいでしょうか何か頼りない感じがありました。政権をとってない政党の弱点なんでしょうか。
その点小泉さんは、反対にすげー迫力を出していますが、ひょっとすると反発を買いそうですね。どちらにしろたいしてこの国は変わりませんよ。国民がもっとしっかりしないといけないのですが、国民の資質も猛烈な勢いで随分低下しましたからね。

最後に「ざんねーーーん」。

760郵政反対の長、亀井氏の狼狽ぶり、無能ぶり、惨め、哀れ、・・

郵政反対で解散はないだろうとふんでいた亀井氏当初は元気があったが、最近の亀井氏は、戦う相手(小泉氏)を見失い呆然と自分の行く末を見つめています。小泉氏にとって亀井氏はもう敵というほどのものではありません。
彼の選挙の演説は、相変わらず、政策はなく反対一転ばり、まあ子供みたいな、野党みたいな演説に終始していて、何をどうするのか最初から最後までわかりません。大多数の国民は、あきれかえってしまい、その結果小泉さんがあたかも良いことをやったような印象さえ与えているのです。(小泉氏のやったごり押しの大なたは、ある意味、もっと早くスマートな形でにやって欲しかったですね)

亀井氏の演説はいつも次のような単語の羅列で「なにこのおっさん、いい加減にしろよ、何かもっとまともなこと言えんのか?」という印象を誰もが持ってしまいます。哀れみさえ感じるほどであります。したがって亀井氏に従った諸氏ももう二度と政界に復帰することは絶望的であります。ベルリンの壁崩壊=永田町の壁崩壊でしょうか?
亀井氏の演説(感動するものは何もありません。なぜか自分が感涙むせんでおられるのみです。)
@日本のため
A国民に優しい政治
Bこの身を投げ打って
C全身全霊を
D明るい明日のために
E精一杯がんばります
F国民の不安を除く
G郵政改革の他にやることは沢山ある
H郵政改革によって寒村や山の中のお婆ちゃんが困る
I強い者だけがよい思いをするようなことにならないように
J世直し
K国民は私を支持してくれている

亀井氏はも昨日の人・過去の人、もっと問題なのは、民主党と国民とくに若者なんだ、ざんねーん。

758なかむら様へno.757への回答

いろいろお悩みのようですが、どこの会社のご担当の方も同様なお悩みをお持ちです。なかむら様のように真面目に悩んでいる方はむしろ立派です。相談の内容よく理解できます。
しかし、何も誰もおかしくはなく、皆様それぞれ正しいのだと思います。
あえて問題とすれば、会社全体の取り組み方の基本ポリシーが厳密に決まっていないことではないでしょうか?
何も誰もおかしくはなく、皆様それぞれ正しいのだと思います。
あえて問題とすれば、会社全体の取り組み方の基本ポリシーが厳密に決まっていないことではないでしょうか?
もし本社・営業・研究でもISO14001認証取得レベルを目指すというポリシーであれば、
●1.対策は本社・営業・研究もISO認証の範囲に含めることだと思います。審査範囲の追加ということで、審査機関を選べば、審査費用もそんなに高くなりません

そうでなく本社・営業・研究は審査対象に含めず、法令順守・運用管理・環境改善だけに限定して取り組むことも可能です。
●2.この場合は内部監査ではこの3点に絞ってきちんとやっていることをチェックすればよいと思います。まあ文書管理だとか記録については、基本的かつ重要なものだけに絞って、ISOほど厳密でなくても良いと思います。(ISOを認証取得している場合は、重箱の隅まできちんとやらないといけませんが、それはそれで意味深いことです)

まず1か2かどちらにするかを決めるべきでしょう。その上でそれに沿った運営をされることをお勧めします。

ISO14001は、本来、認証取得を目的にしていません、自主的に環境管理を組織に導入する際の国際的に通用する基本パターン(標準)を示しているだけです。それぞれの会社にもっともふさわしいやり方をするのが得策です。最近はどの会社もISOを取得しているので取得しないといけないと思いがちですが、そうではありません。もっと会社毎に自由に取り組むことが大切です。
ISO14001認証取得は、対外的なPRが目的ですから、経営の効率を考えてISO認証取得の範囲は狭くとれるのであれば、狭くしておいたほうが経費や労力は少なくすむと思います。
■ISO14001や環境管理を導入し定着していくのは容易ではありません、どこの会社も苦労しています。ましてや経営者や現場が協力的でない場合は苦労されると思います。事務局が引っ張ることも大切です。
毎月20〜30分程度の部長クラスが参加する環境委員会をやることも有意義な場合があります。お試し下さい。
また今回のご質問には該当しないかもしれませんが、環境負荷削減は、とどのつまり「徹底したムダ削減」です。「紙・ゴミ・電気」でなく、製品改善・業務改善・品質改善などの切り口から全員がどんどん無駄とり改善に取り組むことも環境対策の進め方であるという認識を持つことも大事なことだと思います。

757はじめまして「なかむら」

突然の書き込み失礼します。
私は某メーカーの監査部門で内部監査を担当している者です。
弊社は,工場でISO14001を認証取得していますが,本社,営業,研究では自主EMSを構築しています。

工場はISOを認証しているので,活動レベルも従業員の意識も高いのですが,自主EMS構築のサイトは環境に対する意識が低いので困っています。かといって,ISOを認証する予定もなく,あくまで事務局は自主EMSにこだわっています。そのためか「何故EMSを入れるのか?」という概念的なことは理解していても,「そのために何をすべきか?」がどうも分かっていないようです。

といいますのは,例えば監査の時に「文書管理ができていない」「教育が実施されていない」という指摘が山ほど出るとします。しかし問題は不適合が出ることではなく,監査でそういう指摘をすると,「何故環境なのに,文書や教育のことを言われなきゃならないんだ?」と言う人(しかも,事務局や管理責任者)がいるのです。「我々は環境を良くするために活動しているのであって,いつ承認したかとか,記録がないとか,そういう重箱の隅をつつくような指摘ばかりで,本当にやるべきことに対してやる気が削がれる」というわけです。そういう指摘をする私は「マニュアルばかりに拘りやがって!」とまるで悪者扱いです。

その方がそう言いたい気持ちも分からないではないのですが,実際決めた手順通りにできていなかったり,どれが最新版であって,どれが管理文書で非管理文書かが本人も分からないような管理をしているのサイトなのです。しかし,あくまで自主EMSであるので「規格にこう書いてあるから不適合」とはいえません。

適正かつ有効にEMSを動かすためには,必要な手順・しくみを明確にする必要があります。そのために,必要な文書がきちんと管理され,運用のための教育が必要で,それらの手順が明確で,かつ実行されているべき,というのが僕の考えです。自主EMSとはいえ,それくらいのことは必要であると考えています。
この考えは,間違っているでしょうか?

言い換えれば,文書管理していなくても,教育していなくても,目的目標が達成できるEMSが構築されているならば,確かに文句はありません。
しかし,実際,そのような構築をされている企業様はおられるのでしょうか?
今後の弊社の行く末を案じているところです。
長々と書きましたが,よろしくご教示ください。

756山で暮らして6年になります。やっと山の人になりつつあります(改めて感想)

山で暮らして6年になり、室内も庭も離れの小屋も草花も周囲の整備も一段落しつつあります、そういう中でわかってきたことを改めて書き記します。私が今やっていることは、今は理解されす、やろうとされないでしょうが、10年20年後に皆様も理解され、同じことを多くの人が必ずやるはずです。その時私の今の生活は良き手本になるようにと念じています。

@山の暮らしの素晴らしさ・人間本来の住処であること
 (静寂・おちつき・空気・土・涼しさ・木・草・花・清い水)
A田舎暮らしブームのわりに少ない山暮らし人口
B山に根を下ろし、住みつこうと決断する人の少なさ
C都会で生活することの悲しさ・異常さ・リスキーさ
D田舎の人の山知らず=田舎の人も都会生活へ偏重
E山暮らしをしながら自分独自の山での生き方の創意工夫
F「山は自分に関係ない」と信じ、誤解する多くの人々
G環境問題を山抜きで考える無意味さ、山知らず
 (都会の問題としての議論と対応がほとんど)
H山のすさまじき荒廃の放置、今にその酬いを実感する
I自然の恵みの原点・源泉が山にあるという基本認識
J「虫が嫌い」というが慣れるもんだ(今は全く平気)
K寂しい、夜は真っ暗、退屈、不便、なんて問題外
 (都会という器は人間を蝕み・駄目にする)

今なら簡単に、都会と田舎の二重生活ができます、一箇所に住むなんてつまらんでしょ。つらいでしょ。つまらん出費を節約すれば実現できますよ。(@都会に安いマンションとA山の土地100坪つき小さい家300万円)

753やっと始まる改革、抵抗勢力よ古い政治体質よさらば

ついに自民党の改革反対勢力が辛抱たまらず、自民党をぶっ壊す引き金をひいてしまたようです。どうやらイラクのフセイン妥当と同じような状況になってきました。
日本にとって久々の緊張感が走りました。問題はフセインの場合と同様に一見勝ったアメリカのほうが結果的に困惑・混迷しており、解決の展望が見えてこないことです。今回も改革抵抗勢力が聖戦をしかけて、日本の政治を更に混乱させないとは言い切れません。
しかし、私見ではありますが、今回解散総選挙の結果は、一応、小泉さんの勝利になるような気がしています。(但し勝ったあとのことはやや不安ですが)
理由
@改革をする強い意志を表明した
A自民党のかなりの利権議員と手が切れた
Bやっと古い体質の政治から脱却ができる目処がたった
C自民党内で大喧嘩をしたことに国民は「やっとここまで来たか」と思っている
D改革を辛抱強く3年やってきた実績
E郵政改革については高速道路の件と同様に国民としてはやって欲しいことである
F今回を境に政界は大きく変わる・変わって欲しいと願っている
G今回のように大きく変わるのであれば、政治に関心を取り戻すことも可能である
H民主党は今回の郵政改革反対で国民の信頼を失った(改革改革と言いながら改革に反対してしまった)
I民主党は改革といながら自民党同様な内部抗争をかかえており改革派と抵抗派の火種を抱えたまま
Jまあ民主党は、傍観者や文句屋のレベルであり、党首にも魅力がないし、頼りない
K民主党にとって、今回の自民党内紛は、自らの力によるものでなく、自滅の傍観者であった
  (あくまで、小泉さんの力により自民党がぶっ壊れた)

今回の良識のある多数の国民の意識は、
@小泉自民党:改革を進められる
A民主党:改革を進めると言うがかなり問題を伴う(やりすぎることの不安)
B自民党抵抗勢力:全く改革はしない、現状維持によってますます悪化させる

結果は、国民の手に委ねられているが、投票率次第、でも、やや増加くらいにしかなりそうもない。この際全員が投票に行くようなパワーや情熱を日本国民も取り戻して欲しいものだ。なんで政治家や役人だけでなく国民も駄目になってしまったんでしょう?平和ぼけだとすれば、平和も崩壊につながることを証明しているのかもしれません。平和=崩壊???どちらにしろ難しいですね。
それにつけても、民主党は昔の社会党と同じで、結果的には、少ししか票は伸びません。党首が今回「第一党をとれます」なんておめでたいことを言っているのは、まさに社会党そのものです。

752最近きいた面白い話:そうだったんや!
オギャーと生まれた瞬間は、野球に例えると、すでに9回の裏だそうな
 ・爺さん婆さんにいたっては、9回二死2−3なんてことだ
 ・今更あわててもしかたない、どっしり構えるしかないのだそうだ
 ・もうほとんどが決まっているのだが、努力次第でサヨナラで勝つことは可能だそうだ
日本人は昔、多くが百姓で「信じる・祈る・忍ぶ・耐える」だったそうな
 ・「のろま・ぐず・間抜け」と非難されメイドインジャパンは、駄目の代名詞だった
 ・そして日本はこりゃいかんと「早く・ちゃんと・きちんと」になったそうな
 ・そして、あくせくした結果、日本の良さを半分失ってしまったそうな
 ・日本人は人間らしい生き方や自然に根ざした生活を多く失ったそうな
751見直すべきこと、やめるべきこと

@農業などへの補助金制度
A自動車免許更新・車検制度
B北朝鮮拉致問題解決(相手が悪すぎる/暴力団とは付き合わない)
CODA(特に対中国)
D国連中心主義・国連分担金
E天下り・異常に高額報酬退職金(むしろ民間から役所へ天下れ)
F年金やNHKの任意支払い制度?(税金化すべき)
G無意味な規制
H高速道路や無意味な箱物、ダム建設
I過度な中国依存
J都会集中
K行政法人・郵便貯金事業・無駄な公的施設
L飲料自動販売機・自動ドアー
M参議院
N役所の公用車、役所の無駄な施設、無駄な人間
O延命治療
P宇宙開発・遺跡発掘・文化財保護
Q国立大学(全部私学化)
R軍備放棄(平和憲法)いじめられるだけで国益守れない
S成長主義・拡大主義

続:やめて欲しいこと
@花火大会
Aネオンサイン
B灯篭流し
C旗さお
D水まき(水道水を道路へまく(馬鹿なことよ))
E食事を残す
F大々的な結婚披露宴(多くの人が来る葬式)
G昼間のガラガラバス・電車
H天井の高い部屋や吹き抜けの部屋
I天井の蛍光灯:間接照明(個別スタンドの直接照明が良い)
J1001cc以上の自家用車
Kポリ袋を無料で渡す(1枚5円の有料化へ)いくら改革しようが、こいつらが皆食いつぶし、甘い汁をすい続ける。
L郵政の郵貯の公団などへの金の横流し浪費
M郵便局(多すぎる→半減〜1/3)
N物を焼く神事や行事
O墓地・墓石(自然に帰せばよい)
P大人数の飲み会・パーテイー(少人数で飲もう)
Q自家用通勤
R婚礼衣装・七五三の衣装・その他行事の衣装
S派手なお祭り・イベント(資源やエネルギーの浪費・廃棄物増加)

被害者は、真面目な中流からやや上の中間層だ、何の助けもなく払うだけだ。
稼がない奴・やくざな人間が甘い汁をたっぷり吸う。弱者救済というが、平等ではないな
でもしかたないか?今更何言っても、世界が、もう奈落の底に近づいているんだから。
「ご破算で願いましては」ができ、全員が中間層だけで、一から出直しできる国があったら行きたいもんだ。
今回の郵政民営化でも、自民党の「改革阻止派」や「郵政改革反対?の民主党」など改革を阻止するやからが多いのですから、もう諦めしかない。一度落ちるところまで落ちないと駄目みたい?

750 ISO14001「環境マネジメントシステム」の環境側面について、その内訳は理解しているようで理解していない方が多いので整理したものを次に示します。参考にして下さい。

   環境側面の体系

1.マイナス側面(直接影響)
(1)設備
 ・社内設備
 ・社用車
 ・事務機器
(2)インプット
 ・社内購入資材
 ・事務用品・消耗品
 ・梱包材
(3)活動
 ・社内製造工程
 ・営業・購買・人事・総務・管理等
 ・技術・研究・開発等
 ・社内作業・事務・生活
 ・社内運送車による運送
(4)エネルギー
 ・社内エネルギー(電力・都市ガス・重油)
 ・社内水(市水・井戸水・河川の水)
(5)アウトプット
 ・社内排出物(廃棄物・排水・排ガス)
 ・社内発生公害(臭気・騒音・振動・電磁波)
 ・製造不良
2.マイナス側面(間接影響)
(1)製品
 ・出荷後製品
 ・出荷後梱包材
(2)サービス
 ・社外サービス
(3)取引業者
 ・物品購入先
 ・外注先
 ・サービス委託先
 ・社外運送業者による運送
 ・廃棄物処理委託業者
(4)その他
 ・従業員車両通勤
3.プラス側面
(1)社外サービス
 ・自社以外の廃棄物回収
 ・自社以外の廃棄物リサイクル

 ・その他自社以外の環境改善

 ・その他環境改善サービス提供

(2)社外への支援

 ・社外環境研究開発に資金援助

 ・地域の清掃活動

 ・社外環境セミナー実施

 ・社外への環境活動情報開示・提供

 ・社外への環境技術供与

(3)製品
 ・環境改善商品販売
(4)事業
 ・植林事業など環境負荷削減事業
注1. 例えば、社内のリサイクルや製品の環境負荷削減、不良削減などは直接影響のマイナス側面です。一見プラス側面に見えますが、あくまで会社のマイナス環境側面からの環境負荷の削減に過ぎません。製品やサービスについての環境負荷削減自体はあくまでマイナスの側面です。植林や社外の廃棄物の回収やリサイクルのように環境を前向きに改善するものがプラス側面です。
注2.直接影響とは会社内で発生する側面からのもの、間接影響は、出荷後の製品や納入業者のように会社外のものだが会社に関係するものとしました。
749日本の道と西洋の術

日本には、茶道・華道・柔道・弓道と道のつく修養の道が沢山あります。外国では、これらは道ではなく術(手法・道具)のようです。
西洋等では、争いに勝つことが目的で、そのためには武器というか道具や戦法を徹底して改良し革新していきます。棒高飛び・テニス・野球・ヨット、あらゆるスポーツでも皆道具が格段に進歩しています。マラソンの靴や水泳の水着、スキーのソリなんかも飛躍的に改良されてます。記録もどんどん伸びているのです。戦争でも竹槍から鉄砲・大砲・戦闘機・空母・原爆・水爆・毒ガス・・と進歩させてきたのです。
ところが柔道・弓道なんかの日本の場合は道具は単純で昔のままのものを使っています。日本では目的が違うからです。敵に勝つことでなく、むしろ自分自身に勝つことが目的だから道具を革新する必要はあまりありません。日本では他人の家に行く場合西洋と典型的に違うのは、お土産をもっていっても「つまらんものですが」「お口にあわないとは思いますが」またお茶を出す時に「粗茶ですが」「あまり美味しくないお菓子ですが」と言います。西洋流に言うとなんとも失礼な話ですよね。だって、つまらんものをくれたり、まずいお茶を出すなんて、西洋人だけでなく東洋人にも理解できないと思いませんか?日本では、ここまで徹底して、相手に勝つことを戒めているのです。
日本人が世界に通用する優れた電気製品や工業製品を作るのも、日本人がまず自分が道を極めて、物や使う人の心を読めるからです。日本のすごいところは、日本の文化の奥深さはこういうところにあるのです。これを履き違えて、西洋流の合理的にものを言う日本人が増えてきたのは残念です。やはり日本人は「つまらんものですが」「粗茶ですが」と言うべきなんであり、相手は多分相当良いものを出しているんだろうと想像しないといけないのです。日本人は目に見えないものを、相手の心を察して表現することを大事にすることが常識なんです。すごい世界ですよ。カラオケや寿司は世界の人の理解されても、ここまでは理解できないでしょうね。
戦後、戦争に負けた日本に、西洋の安っぽい表面的な心の通わない民主主義や合理主義が入ってきました。当初日本人は必要なもののみ受け入れていたのですが、そのうち驚異的な経済発展とともに、西洋文化に駆逐されていったのです。戦争によって、実は、本当のところ日本は負けていなったのですが、経済発展とともに日本文化は西洋文化に占領されてしまったのです。今高齢化により年寄り連中が少なくなっていくにつれて世界のどこにもにない独自の日本文