村上和隆の名言                (事務所:京都市伏見区090-6750-7889)

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村上和隆の名言
(悩め・失敗しろ・失え・苦しめ、そして”多くのおかげ”をもらえ
己の愚かさ・いたらなさを知れ
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目   次
▲村上和隆
「矛盾は矛盾でなく、安易に矛盾を排除することこそが矛盾である」
「知ることがいいとは限らない」
「人間どもめ頼みもしないことを知り・考え・勝手に変えたり、作りやがって」
「多きが・高きがゆえに尊からず」
「苦難を乗り越える」
「神様の嘆き」
「人間は本来仏性を持つ」
「正しく悩む」
「どちらが良いことなのか?」
「右か左か」
「人間が浅い・狭い・小さくなっていく」
「物事には必ず、作用あれば反作用あり」
「野球に学ぶ人生」
「高性能パソコンを使い切れないように自分の人生を深めようとしない沢山の人がいる」
「素晴らしい人との出会い」
「入るのも勇気がいるが」
「どんなことでも」
「人間には適切な間が大切」
「私は、山奥のミミズを尊敬する」
「どちらが良いのか」
「自分や家族や地域のことを一番に考えずほったらかしにしていて良いのだろうか?」
「美人は美人であるほど醜いものである」多くのものごととはそんなもんだ
「人間はもっと輝くべきだ」「人間はもっと自分にならんといかん」
「愚が愚を生む」
「オリンピックは勝つことではなく参加することに意義がある」と同様に
「知ることがいいとは限らない」
偉人などの名言
がばいばあちゃん
宮沢賢治「私が先生になったとき」
宮沢賢治「雨にも負けず 風にも負けず」
夏目漱石「草枕書き出し部分」
電通鬼十則
マクドナルドのQSC&V
徳川家康「人生訓」
妙好人:浅原才市の歌
東京大学総長:小宮山 宏

 村上和隆の思いつくまま書きました

 ▲村上和隆「矛盾は矛盾でなく、安易に矛盾を排除することこそが矛盾である」
  矛盾もまたより現実・真実である。矛盾は人にとって肥やしである。
  人は人を忘れ・人から離れ・人を捨て・人でなしで死んで行く
   「生きて死す・死して生きる」   「富みて貧す・貧して富む」
   「勝って負ける・負けて勝つ」   「楽して苦する・苦して楽する」  
   苦を師とし・苦を友とす     楽に近づかず・遠ざけ
   楽のほうから来るのを待つ   あせらなくても必ずやって来る
   『威張るな・奢るな・風格を持て』
   @当たり前のことをきちんとやる Aやるべきことは、徹底してやる
   B自分自身を厳しく見つめ、磨くCそして本物の自由と安楽に浸る
   人は日々手抜き仕事・手抜き生活していることを認識すべきようだ 
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  ▲村上和隆「知ることがいいとは限らない」 →クリック
   人は知れば知るだけ賢くなると思い込んでいる
   ところが人は知れば知るほど馬鹿で臆病になるものだ
   なまじ、少しばかり知るくらいならば
   何も知らないほうが、よっぽど良かったに違いないのだが
   知るとは一体なんなのだろう
   いくら多くを知ったとしても、わかることにはほど遠いのだ
   知るということを知った・知っていると間違う
   人はなまじ知ることによって遠回りしてしまうのだ
   そして多くの人は肝心なもを知ることなくあの世へ旅立つ
  『知性や教養が邪魔する』という言葉がありますが、生やさしいものでなく、現実は、大いに邪魔しているんです。
  『知性や教養は確実に自分を蝕む』一面をもっているものなんです。それにいつ迄も気づかないと貴方は地獄
  に落ちるのです。
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  ▲村上和隆「人間どもめ頼みもしないことを知り・考え・勝手に変えたり、作りやがって」
  人間どもよ、お前達は自分のことでだけを考え、変革し、神に近づく努力だけすればいいんじゃ、
  なんで神がやるべきことを、お前達みたいな未熟者が勝手にやるんだ、許さん!

  ▲村上和隆「多きが・高きがゆえに尊からず」
  金持ちとか・頭が良いとか・豊かとか・力が強いとか・大きな成果をあげたとか・・・・・
  そんなもので、その人自身が立派であることの、何らの証明にはならない
  むしろ、多きがゆえに・高きがゆえに、舞い上がり、人は堕落して行く
    ・質素に生きよ・謙虚に生きよ・ひっそり生きよ・真面目に生きよ・ゆっくり生きよ
    ・唯一、価値あるものとは「生きること」と「引き継ぐこと」である

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▲村上和隆「苦難を乗り越える」
 人の一生には、大きな苦難が何度も・何度も繰り返しやってくる
 人によっては苦難が大きい人
 人によっては何回も苦難が連続してやってくる

 苦難が多い・大きいという人の多くの場合、その責任は自分自身にあるものだ
 しかし苦難がほとんどやってこない人がいたとしたら、その人はある意味怖い
 苦難が少ない人の一生が素晴らしいかというとそんなこともない

 いや、むしろ苦難が大きい人・多い人のほうが結果的に最高の人生を送る
 苦難とは何であろう?
 苦難とは神が「反省・悔改め・成長」の機会を与えるものだ

 ところが、「苦難をやり過す、早く逃れたい、早く忘れたい」という消極的な人が圧倒的だ
 無理もないことだが、そういうことを続けていると人間は成長しない
 神様がせっかく与える機会を無駄にしてしまうというわけだ
 苦難は逃げるものではない・苦難とはガップリ四つに組み合うものなんだ
 相撲では、いなし・はたき込みは、例え勝っても長い目で見ると良くないと言われる
 苦難に遭うことを悩むより・苦難を成長に結びつけられないことこそ悩むべきだ
 苦難に対して四様の対応の仕方がある
  @苦難に負けてしまう
  A苦難を忘れようとする
  B苦難を続ける(脱出できない)
  C苦難に打ち勝つ

 大きな苦難の場合は確かに忘れることも大事な対処法ではあるが
 苦難は苦難であるから、手ごわい、
  @慎重に付き合うこと
  A付き合いを深めること
  B苦難との付き合い方を勉強すること
  C苦難を敵でなく味方・友人・師とすること
 大事なことは苦難に打ち勝つ力を持つようにすることだ
 「苦難よ、いらっしゃーい」「苦難様歓迎」のような認識を持つことだ
 宝くじに当たって喜ぶ人がいるが、苦難も喜ぶくらいの大きな心を持てるようになりませんか
 苦難から逃げようとしても、一生、指名手配のように追われ続ける
 苦難が何回もやってくると悩む人の多くは、苦難から逃げている場合が多いのである
 自分の人生を振り返ってご覧なさい
 苦難こそが自分を大きくし成長させてきたとは思いませんか?
 その苦難に堂々と戦い苦難を打ち破った戦歴こそが、自分の勲章なんではありませんか?
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 ▲村上和隆「神様の嘆き」
 
大昔、神様は多くの生き物を育くみ、その成功を喜んでおられた
 そして神様は、ついに神の意思を持つ人間を作ることを考えられた
 しかし神様は、人間を作ることに、かなり大きな心配をされていた
 「人間が、勝手なことをしないでくれれば良い」がと心配をされた
 神様は、そのために1万年眠ることができないほどお悩みになった
 しかし神様は「今までも数々の失敗をしてきたんだ」と考えられた
 「失敗を恐れたら何もできない」「是非やりたい」と考えられたのだ
 当初は非常にうまくいったが、やがて神様の心配通りになってきた
 人間は牙を剥き一向に反省しない、神様は一体どうされるのだろう
 人は人にならずに獣以下になった、今、神の深い嘆きを知るべきだ
 多分、神様は出来損ないの人でなしを淘汰することを考えておられる
 神様が創られた人間は「人でなし」欠陥品であったと気づかれた
 神様でも失敗するのだ、神様だから失敗されたら反省し是正される

 「足るを知る心」というものを組み込むこと考えておれるのだろうか

 ▲村上和隆「人間は本来仏性を持つ」

 どんな人間にも、素質と素養と仏性は完璧に備わっている
 しかし、芽吹かせ・花開かせ・実をつけることができない
 芽吹させる意思もない・実行もしない者に花も実もならない
 まるで使われないl高価で高性能のパソコンみたいなものだ
 いつ迄たっても、嘆き・うろたえ・悪行を積むだけの自分がいる
 多くの人は、素質も素養も仏性も活かされることなく死んでいく
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 ▲村上和隆「正しく悩む」
悩む人の多くは、悩みが大きいほど、深刻なほど、長いほど、
悩む中身がどうのというよりも、進むべき方向が逆だということだ

後ろ向きか、右か、左かとにかく進むべき方向が間違っている
悩む人は、その事に気づかない、気づいていても直そうとしない

幾ら、もがき一生懸命頑張ったところで方向が違っていれば
目的地に近づくこともないし、ましてや、たどり着くはずがない、

今考えていること、やっていることをとりあえず逆にしてみたら?
汗かこうよ、人に優しくしようよ、なんでも明るく笑い飛ばそうよ

「ギヤーがバックに入ってる、前進に入れてアクセル少し踏めば」
方向さえ正しければ、例え僅かづつでも、結果に結びつくはずだ

 ▲村上和隆「どちらが良いことなのか?」
 ・危険な場所で慎重に行動するのと安全な場所で危険に行動するのとどちらが危険か?
 ・大企業で放漫経営をするのと零細企業で立派な経営するのとどちらがよい会社か?
 ・金持ちで貧しい暮らしをするのと貧乏で豊かな暮らしをするのとどちらが豊かか?
 ・健康な人が不養生をするのと病気がちな人が健康に努力する人とどちらが健康か?
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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 ▲村上和隆「右か左か」

 二つの別れ道がある
 右の道は楽の道
 左の道は苦の道
 どちらの道を選ぶか?
 多くの馬鹿者は迷わず、右の道を選ぶ
 しかし自分は左を選ぼうと思う
 右ばかり選ぶ人は堂々巡りをしてしまう
 左を選ぶ人は、結果的に右に行くのだ
 そういう人は、まっすぐ歩いていることになるのだ
 僧侶の修行は、まさしく徹底的に「左」だけを選ぶ
 その様はすさまじい、しかし王道を歩む早道なのだ
 それに較べて俗人・凡人の右を選ぶ様もすさましい、あさましい
 人は、楽ばかり血眼になって追い求める
 そのふり見て、自分もああなんだとつくづく人間に嫌悪感を持っ
 ああそうか、「俺は左を選ぼう」と思った
 人は勝手だ「自分は紳士であり淑女だど」思っている
 しかし右の道ばかり追い求める似非紳士・淑女のいかに多いことか
 政治家・役人・親・社長・上司という人は、左の道を選ぶように心がけないといけない
 指導層が右の道ばかり選ぶのだから、世も末じゃ
 昔は左の道を選ぶ指導層や親が多かった
 親は子供のため、先生は生徒のため、そういう時代がかつてはあった
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 ▲村上和隆「人間が浅い・狭い・小さくなっていく」
便利で豊かな社会で日々、生活の糧を求めつつ快楽を追い求めて動めく
どんなに便利で豊かになっても人は、薄汚い生き方を改める気配はない
それどころか、更なる便利さと豊かさを追う宿命を背負っているかのようだ

最近フリーターやニートなる者が多く出現しているが、むしろ納得できる
「作用があれば反作用がある」というのが、自然界の法則であるのだから
一般の常識的な人間は「フリーターやニートなどはあってはならぬ」と言う

長年戦争や紛争に明け暮れる国が、一向に戦争をやめないのと同様に、
足るを知る事ができない現代人達も大いに責められるべきではないのか?
グローバル化し進歩・発展してきたというのに、必しも実態はそうなってない
最近の人間を見ると、どんどん
「浅いさん」「狭さん」「小さん」が増えていく

饅頭を見てきた人に「饅頭とはどんなものか?」と尋ねたら、白く丸いものと
答えるだろう、饅頭を見ただけだから、そういう答えも無理からぬことである
しかし本当の饅頭というものは、黒い練餡を白皮でくるんだ甘い食物なのだ
しかし現代の人間は「饅頭を白く丸いふわふわしたもの」と答えるのだろう

この饅頭のような錯覚をわかり易い別の例で言い変えると、「美人」でしょうか
美人というのは饅頭の皮みたいなもので、本質というのは物事の中身である
上べだけ見て美人は、美しいなんて思ってしまうのが人間の浅はかさだ
だから私は美人というような上辺を飾ったものは、特に信用しないことにしている
必死に美人になろうとする女や、そんな女を追い回す男は人間として情けない

見掛けの姿を真実と認識して固定観念に振回され嘘臭い人生に押し流される
社会・愛・平和・善悪・人生・美・・・それらを饅頭の皮のように認識している
個性的に生きているなんて言うが、日々、世間の通年・固定観念に従って
旅行者の案内人の後についてツアーするように、主体性なく生きているだけ

もっと真面目に事実や実態を疑い、自分自身の生き方も深く疑うべきなのだ
日常生活において「疑う」ことといえば、つまらない些細な身の周りのことだけ
「疑う」というのであれば、もっと本質的なことを疑うべきではないのだろうか?

便利さや豊かさが乏しい時代には、日々の暮らしが大いなる疑いの連続だった
日夜、社会や親や夫や家族や自分に大きな疑問を抱き、その回答を探し続けた
人間は豊かになると考えなくなる、疑問を持ち、必死に考え答えを出そうとしない

現代人の恐ろしさとは、
「浅いさん」「狭さん」「小さん」がどんどん増えて
いくことではないだろうか? 人間が人間ではなく、豊かさや便利さのために、
魂を抜かれた浮遊する幽霊のようなものに、なって行くというのだろうか?

現代人は社会通念から、とにかく脱出することだ、現代社会を一度捨てることだ
社会から遊離するのは良くないが、現代は自分自身から遊離してしまっている
社会もわからないが自分のこともわからない、そういう人が確実に増えている

ロシア・中国・インドが先進国の仲間入りをしつつあるのだそうだが、彼等も懲りず
西欧や日本人の失敗を懲りず、とんでもなく間違った生き方を又々していくのだろう
後発国を経済技術支援して、我々が歩んできた嘘の生き方を教えてやると言うのか

最近京都から東京まで高速バスで行くことがある。時間は8.5〜10時間かかる
だが旅を楽しむという点では、時間がかかることがむしろ望ましいことに気づかされた
その上安いし、煩い子供やおばさんはいないし、景色はゆっくり眺められるのだ
時に新幹線のぞみに乗ると、いかに早過ぎるか、いかに無駄か、いかに味気ないか

やたら便利・早い・楽を追い求めるのでなく、むしろ不便や苦を味わう事が楽の近道
凡夫は苦を求めるなんて考えもしないが、苦行する修験者のほうがかえって楽だ
日々楽をしている凡夫のほうが、修験者より難行苦行をしているのかもしれない
お金・豪邸・贅沢な生活を得るために必死に仕事をするのなら止めたほうがいい

古寺や経典は沢山残っているが本物の仏法らしきものは何処に行ってしまたのか
強欲で腑抜け人間が世界を覆いつくす地球は、今後も物心ともに汚染されていく
どうしようもなく、是正不可能な時代に突入していることを自覚しているだろうか?
後戻りできない世界であれば、今、自分は人生をどう生きていくべきなのだろうか
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 ▲村上和隆「物事には必ず、作用あれば反作用あり」

物理法則曰く、「作用があれば、反作用あり」
すなわち、「得ようとすれば、同じだけのものを失う」

得るとは、どんどん継続的に得られ続け、良いものがどんどん蓄積すると勘違いする
「得る=得る」ではないく、実を言うと、「得る(作用)=失う(反作用)」
貴方が多くのものを得たとしよう、喜んでいる場合じゃない、同じだけ失っているのだ

戦後、欧米化により日本は世界の富を得たが、掛け甲斐のない日本文化を失なった
戦争は、人の命を奪った以上に、日本という掛け甲斐のないものを失わせた
得るものが多いほど大きいほど、失ったものは二度と蘇ることはない
例1)豊かさ・便利を得て、地球環境を失う
例2)物質を得て、精神を失う
例3)平和や安全を得て、油断する
例4)速さを得てゆとりを失う
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
金持ちやその子供の多くは、金や物や豊かさ以外のほとんど多くの大事なものを失った抜け殻になっていく
それが証拠には、保有する多額の金に依存する
己を高めず、金によって己を高いように見せかける・誤魔化すようになる
金ばりの「張子の虎」みたいになっていく

幸せには、
  @得る幸
  A失ったもの取り戻す幸
  B何もない幸がある
人は@得る幸を幸と勘違いする

現代は、@得ることの幸を目暗滅法に追求する時代である
 その結果大事なものを次々に平気で失って行くのだ
気がついたら丸裸・無力・無能になっている

「子孫に美田(多額の財産)を残す・子供に贅沢をさせる」などということは、与えるにあらず
子孫から魂を奪う何物でもないのである
現代と戦前の大きな違いは、昔は、

貧しく・飢え・怯え・つらく・耐え・勤勉・規則的・敬い・謙虚で・節約的
であったが、今はみじんもその名残がない
現代は、そういう大事なもののほとんどを失った/得たものは泡のような刹那的な快楽だけであった
ところがどうだ、いまだに血眼になって「金が欲しい・物が欲しい・名誉が欲しい・贅沢がしたい」というじゃないか?
人の浅ましさは信じられない

私は、「多くの人が作用としたら、自分は反作用になれ」と思う
 @人が集まろうとしたら、自分は離れろ
 A人が高み(右)に行ったら、自分は低くき(左)に行け
 B人が贅沢したら、自分は倹約しろ
 C人が都会に住むなら、自分は田舎に住め
 D人が急ぐならば、自分はゆくりしろ
 E人が争ったら、自分は柔和になれ
 F人が無駄使いしたら、自分は節約しろ
 G人が外見を大事にしたら、自分は内面を磨け
 H人が安心したら、自分は心配しろ
 I人が楽したら、自分は苦しめ
 J人が工業をしたら、自分は農業をしろ
 K人が浮かれたら、自分は自重しろ

この際、かつて高校時代に習った「作用あれば、反作用あり」という法則を思い出してみようじゃないか
「得ることで失う」のが良いのか「失うことで得る」ことが良いのか?
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 ▲村上和隆野球に学ぶ人生」

野球というのは、一般的には次のように言われる
 @先取点を取ったほうが勝つ
 A3点以上が一応セーフテイーリードだ
 B1〜9回満遍なく点をとることが絶対的に勝つポイントだ
 C大量点を入れても、投手のできが悪ければ負ける
 D四球やエラーが負けにつながる
 Eホームランやヒットだけでなくバントやヒットエンドランや足の速い選手の盗塁が重要
 F打者は少なくとも走者の塁を進めることが大事だ
 G野球は9人又はチーム全員でやるものだ
 H早い決定・早い交替
 I相手の戦力分析が大事
 J野球は2アウトから
 K9回3アウトまでは勝敗は分からない


さて我々の人生も9回の野球(延長線もあり得るが)に例えられる
若者は1〜3回、大人は4〜6回、老人は7〜9回、それぞれ攻め方守り方が違う
若いうちに得点しろ、大人になっても手を抜くな、老人になっても最後迄きちんとせい
人生は野球のようなものかもしれない


▲村上和隆「高性能パソコンを使い切れないように自分の人生を深めようとしない沢山の人がいる」

高性能のパソコンを買ったのにほとんど使われない、使ってもいい加減に使う人が多い。人間はパソコンなんかに較べようもないような素晴らしいものである。しかもパソコンのように買い替えなんかできない一生を終われば二度とこの世に生まれてくることはない。ところが使われないパソコンのような人生を送る人は多い。こんなお粗末な生き方を死ぬまで続けて良いのだろうか?人間の人生ほど、とてつもなく深い味わいのあるものはないのに、漫然と犬猫以下のつまらん日々を送る。愚かさを認識しない一見有能な人は、愚かさを認識している愚か者の何倍も愚かしいのである。もっと自分の人生を見つめなくてはいけないが、他人や世の中の流れに目を奪われ、一喜一憂し、あれしたいこれしたいと欲ばり、肝心な自分自身の人生について考えようともしないのである。

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 ▲村上和隆「素晴らしい人との出会い」

いろいろの人と付き合って多くの素晴らしい人と出会ったという人がテレビに出ることがある
しかし一般の人の場合は、素晴らしい人との出会いより、そうでない人とのおつきあいが多いだろう
引っ込みじあんや、自分自身の無能や不徳の致すところだろうか?どうもそうらしい
私の勝手な想像でしかないが、世の中に本物の素晴らしい人なんてのは、ほんの一握りだろう
それが証拠には素晴らしい人が多くいる社会なんてお目にかかったことも聴いたこともない
また万一、そんな社会があったら、その社会は、完璧なまでに素晴らしい社会であるからだが、
誠に残念ながら、そんな素晴らしい社会というのは、どう考えても存在し得ないのだ

多くの人は、素晴らしい人との出会いより、面白い人・付き合い易い人を選ぶものだ
ということは、素晴らしい人と出会う機会を増やす努力や工夫が必要になるのだ
まずは書物を通じて、先人に学ぶこと、更に現代の素晴らしい人の本やお話を聴くことだ
それから自分自身を営々と磨くことだ、少しづつ・一歩づつでも日々確実に努力することだ
そうしないと、素晴らしい人との出会いを求めることも、出会っても相手とまともに話すこともできず、
出会っても相手から何も得ることができないのだ
しかし素晴らしい人との出会いは、その人にとって、”無形の大宝”であることは間違いない
「俺は素晴らしい人と出会ったことはない」なんて威張ってる人がいたら、随分恥ずかしいことです
素晴らしい人というのは、「その人ならでは」という独自の思想・独自の生き方をお持ちになっている
忍耐も努力も工夫も冒険心も誠実さも謙虚さも到底常人にはできないレベルのものである
多くの人は物真似・他人の考えや生き方の受け売りである。そんな人と付き合うのは退屈だ

旦那さんが定年になって、奥さんにある日、田舎暮らしをしようと言い出す
奥さんは、「そんなの嫌よ」と頭ごなしに拒否反応を示す、出会いとはこういうことに似ている
出会いを頭から拒否する人や出会いを怖がる人は、素晴らしい出会いは永遠に訪れない
出会いというのは、相手にまず出会う・向き合う・相手に合わせることから始まる
出会いというのはロマンでも簡単なものでもなく、真剣勝負・忍耐・努力も必要なのである

素晴らしい人との会合を出会いと言い、井戸端的なあなあの会合をおつきあいという

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 ▲村上和隆「入るのも勇気がいるが、出るのも勇気がいる」


 人の一生は出口と入口が交互に来る
 入り口に入ろうとしない臆病者がいる
 中でグルグル堂々巡りしている者もいる
 出てこられない・出ようとしない者がいる

 入るのも出るのも、勇気が必要なのだ
 入る・出る=得る・捨る=開始・終了
 過去の自分は、今の自分はどれなのか
  ・入ろうとしてないか?
  ・堂々巡りをしているのか?
  ・出るのをためらっているのか?

 もし、いづれかの自分を見出したならば
 貴方は勇気を持って出るか・入るかだ
 恐れるな・億劫がるな・本物の人間になれ
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 ▲村上和隆「経営・管理の大事さ」

人も会社も大事なことは経営(management)や管理(control)である
会社の経営・管理はきちんとやる人も
自分のことや家庭のことになると経営や管理を忘れる
「マンションは管理で買え」と言う
人間も経営や管理が大事なのである
会社だけでなく、人間の悩みや不幸の原因の多くは、

 @ずさん
 Aいきあたりばったり(無計画)
 B油断
 C大雑把・適当・いい加減
 Dどんぶり勘定
 E無駄
 F無理
 G無茶
 H甘さ
 I怠慢・放漫
 Jほったらかし・放任・放置
 K成り行き
12項目で、自分は問題がないという項目が幾つあるだろうか?

そしてこれらの悩みや不幸の原因の根底にあるのが、その人自身の
「人格」である
人格のない者というのは、これらの項目がかなりひどく欠落しているのである
有能な人とか成功者などというのは世間に沢山いるが、人格者は極めて少ない
立派な会社も倒産することがあるように、人は惨めな目に遭うことが多いのである
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 ▲村上和隆「どんなことでも」

 @どんなところでも 眠れる
 Aどんな人とも 楽しく会話できる
 Bどんな環境でも 明るく生きられる
 Cどんなつらいことでも 笑い飛ばせる
 Dどんなものでも 美味しく食べられる
 Eどんな仕事も 最後までやりとおす
 Fどんな苦しみも 乗り越えられる
 Gどんな嫌なことも 忘れられる
 Hどんな難しいことも なんとかやってみる
 Iどんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ▲村上和隆「人間には適切なが大切」

 人間というのは文字どおり、人の間である
 人の間で生きざるを得ない宿命を負ってる
 「人の間に生きずに自分独りで生きる」など
 と言ったところで無意味でもあり難しい事だ
 人間は、人の間でうまく間をとるしかない
 人とのつき合いは楽しくもあり苦痛でもある
 生きることも楽しくもあり苦痛でもあるから
 何でも同じことだ
 そういうもんだと自覚しないとしょうがない
 最近の若者や大人達に次の風潮がある
 人との交わりをしようとしないことである
 我ままなで横着な人間が増えているのだ
 他人とつき合わなくても、暮してはいける
 「引きこもり」なんてのがその典型なのだ
 今の時代は、誰にもそういう傾向がある
 人との間の取り方なんて格好よく言うが
 案外難しくて付き合いの範囲を狭くする
 大事な事は自分自身をしっかりさせる事だ
 一緒になって熱くなってカッカしては駄目だ
 人の間と言うから、大いにつき合うべきだ
 しかしこの当り前のことが意外に難しい
 正直、うまく人と付合うなんて鬱陶しいネ
 神様は最も鬱陶しいことを人間に課した
 鬱陶しいが人の間をうまくとらんと生きられぬ
 鬱陶しいという事は逆に言うと面白い事なのだ
 人間の間のとり方が悪いと思うならば頑張ろうか

 @自分自身をしっかりさせる
 A難しい議論を真剣にしない
 B相手の悪癖を許してやる
 Cあまり親しくなり過ぎない
 D物事に対して鷹揚になる
 E相手が間違っても受入れる
 F相手の話を聴いてあげる
 G付合う回数を適度に減らす
 H取あえず全て相手を褒める
 I人は様々という事を自覚する
 J正しい事なんかないと認識する
 K人によって付合い方を変える

 1)親しく真面目につきあう場合
 2)やや距離をおいてつきあう場合
 3)上辺だけでつきあう場合
 4)長いものには巻かれろでつきあう場合
 5)必要な時だけ、つきあう場合
 6)嫌だが、会った時だけうまくつきあう場合 
 6)完全に無視し遠ざかる場合
 7)完全に決別する場合
 8)徹底して衝突して接する場合
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 ▲村上和隆「私は、山奥のミミズを尊敬する」

 誰を尊敬するかと訊かれたら、私は迷わずに「山奥のミミズを尊敬します」と言うでしょう
 ミミズは文句言わん・つまらんこと考えん・黙々と生きて・けな気に役立っている
 なぜかミミズを尊敬すると、心が大らかになる、安心する
 人なんか尊敬するのは、裏切られそうで何となく不安で、落ち着かない
 人はずる賢い・身勝手・屁理屈言う・嘘つく・裏切る・やたら修行なんかする
 そもそも、厳しい修行するなんてことが、人間の駄目さを表しているんだ
 歴史上の偉人だからと、無批判に信じていいものか?疑わしいもんだ
 とにかく人間は信用できんが、ミミズ師は安心して尊敬できる
 これでもまだ「尊敬するのは、人間じゃないのか」って訊きますか?
 お前さん、勝手に、いつまでも人間を尊敬していればいい
 人間が尊敬できないから、「誰を尊敬するか?」なんて、つまらんこと訊くんでしょ
 もし、世界中に尊敬する人間が多ければ、この世は確実に良くなるはずだが
 何故か、勲章を貰うような偉い人に従ってきたが、世の中は確実に悪くなっていく
 尊敬されるべき指導者層が、どんどん軽蔑の象徴に成り下がり、堕落して行く
 人間の世は、末世のような流れになっているじゃないか
 特に政治家・役人・先生は、山奥に入りミミズに遭ってみて欲しい
 人間は、真剣に、山奥のミミズに教えを請うべきだ
 人間は、山奥のミミズを師と仰ぎ、行いを改めなければならないのだ
 ミミズはすごいぞ、一匹残らず全部のミミズが、尊敬に値するんだから
 人間じゃ、せいぜい数えるほどしかいない、情けない
 人間なんか尊敬するな、尊敬に値するのなんか、いそうだが、いない
 下手に人間なんか尊敬していたら、自分自身も尊敬される人間にはなれない

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▲村上和隆「どちらが良いのか」
・危険な場所で慎重に行動するのと 安全な場所で危険な行動をするのと
・病気がちな人が健康に留意するのと 健康な人が不養生するのと
・元気な老人と 元気のない若者と
・一般人が真面目に生きるのと 僧侶が堕落するのと
・儲かっている会社が無駄使いするのと 儲かってない会社が必死にムダ削減するのと
・必死に努力する不具者と ダラケル健常者と

▲村上和隆「自分や家族や地域のことを一番に考えずほったらかしにしていて良いのだろうか?」
偉そうなこと言っても人間は、所詮、犬・猫同様に一介の生き物にしか過ぎぬ
生き物だから、当り前に自分のこと家族のこと周辺のことさえ考えていればよい
「井戸の中の蛙なんて」馬鹿にするが、生き物なんてのは、そんなものなんだ
現代は、県だ・国だ・世界だ・地球だと考える対象があまりに広くなてしまった
自分や家族や地域のことをほったらかしにし大きな事を考えるようになった
自分のことより遠い国や世界のことを考えるのが進歩的だと教え込まれて来た
その結果、確かに企業も社会も国家も個人も経済的に物質的に成長・発展した
ところが、どうもそれに反比例して人間は良くなるどころか、堕落・崩壊していく
昔の人のように、自分や家族や地域のことだけ考えれば、それで十分なのだ
最も大事なのは自分自身のことだから、むしろ井戸の中の蛙になるべきなのだ
だいたい人間が国家や世界や地球のことなんか考えて何が出来ると言うんだ
グローバル化時代と言うが、ミミズに世界のことを考えろというのと同じことだ
有識者や政治家や新聞やテレビの嘘にまんまと、引っ掻き回さているのだ
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▲村上和隆 美人は美人であるほど醜いものである」多くのものごととはそんなもんだ
 
信じ易いものほど、、安易に信じると、とんでもなく裏切られる
 ・美人はとんでもなく美しいと同じくらい醜いものだ
 ・秀才とはとんでもなく頭が良いと同じくらい愚か者だ
 ・指導者はとんでもなく模範的であると同じくらい軽蔑すべきものだ
 ・知識人とはとんでもなく貢献しているのと同じくらい害毒を垂れ流す
 ・金持ちはとんでもなく裕福であるのと同じくらい貧しい
 ・・・・・・・・

 ▲村上和隆 「人間はもっと輝くべきだ」「人間はもっと自分にならんといかん」

 現代の豊かな民主主義の国の社会には、民主主義・自由主義・平和主義・博愛主義の人が沢山いるようで
 いざ探すとそんな人間は全くいない。
    
貴方は、本当に自由なの?本当に民主的なの?本当に平和的なの?本当に博愛なの?
 豊かで便利になって都会暮らしに浸ってしまい、人間が
人間らしさをを失っている
 ためらう・躊躇する・面倒くさがる・隠す・嘘つく・誤魔化す・怖がる・流される・・・そんな人間に何ができるか?
 他人や組織や社会に媚び・へつらい・従属するような者に何ができるというのか?

 人間は、もっと素朴にならんといかん
 人間は、もっと純粋にならんといかん

 人間は、もっと明るくならんといかん
 人間は、もっと勤勉にならんといかん
 人間は、もっと素直にならんといかん
 人間は、もっと真面目にならんといかん
 人間は、もっと身軽にならんといかん
 人間は、もっと自然にならんといかん
 人間は、もっと親切にならんといかん
 人間は、もっとゆったりしないといかん
 人間は、もっと失敗せんといかん
 人間は、もっと何でもやってみないといかん
 人間は、もっと身体動かさないといかん
 人間は、もっと自分にならんといかん
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▲「村上和隆「が愚を生む」
  愚政愚民(愚政治家が愚民を作り、愚民が愚政治家を作る)
  愚夫愚妻(愚夫が愚妻を作り、愚妻が愚夫を作る)
  愚親愚子(愚親が愚子を作り、愚子が愚親を作る)
  愚師愚徒(愚先生が愚生徒を作り、愚生徒が愚先生を作る)
  愚長愚員(愚社長が愚社員を作り、愚社員が愚社長を作る)
  愚自愚友(愚かな自分が愚友を作り、愚友が愚かな自分を作る)

 ▲村上和隆 オリンピックは勝つことではなく参加することに意義がある」と同様に
         人生も勝つことに意味があるのでなく、人生そのものに真面目に参加することに意義がある


 人間は、やれ金儲けした、やれお金を損したと一喜一憂するが、喜ぶのも憂うのも、意味のない馬鹿げたことだ。
「オリンピックは勝つことではなく参加することに意義がある」というのは名言である、人生も勝つことに意味があるのでなく、人生そのものに真面目に参加することに意義があるのである。
しかしオリンピックは、金メダルや銀メダルを取ることが目的になってしまっている。実に嘆かわしい。
日本は何個金メダルをとったか、世界の何番目か、もっと多くのメダルをとるため多額の税金が更に無駄使いされる。
一体、身体に鞭うって普通の暮らしを犠牲にし、朝から晩までスポーツ競技のトレイニング付けの人生に何の意味や価値があるというのだろう?
オリンピックに参加できない選手やメダルを取れない選手は全く無視される。
メダルをとったほんの一つまみの選手はマスコミに登場しコマーシャルの収入や高収入が保証されるのである。ましてや国民には何の意義もない。スポーツ競技はそれをやることで体力や健康維持や楽しむことが大事なのである。
下手で良い・弱くても良い・ましてや競技会で勝つことなど全く必要のないことなのである。
人生も同様である、いつしか”人生とは勝つことである” ”人生とは華々しい成功を収めることである”と誤った認識になってしまっている。
スポーツ競技を観戦する場合、多くの人はプレーそのものは堂でも良いのであって、自分のひいきのチームが勝てば良いのであると思う人が多い。こういう観戦者は気違い・猛者である。私がスポーツ競技をあまり見ない、見る場合はあくまで競技自体の面白さを見るのであってどっちが勝つかは全く関心がない。そんなことを考えて見ているとストレスばかりが貯まるし、何も得するものがない。身内の人が参加する競技を見るのは地獄だと言いますが、身内でない自分が同じような地獄の気持ちで競技を見るのは馬鹿げている。
人生も自分自身の人生をもっと客観的に見られると良い。ところが自分の人生であるからそうは冷静になれない。しかしそうなると人生は地獄になるのである。
もっと人生を楽しむには、勝ち負け・成功失敗・損得で見るのではなくもっと味わって欲しい。貴方は映画や音楽会や芝居や絵画を観に行くと、映画や音楽や芝居や絵そのものを楽しむはずだ。人生もそすであるべきである。ところで絵も音楽もスポーツも下手でもよい、失敗してもよい、人から賞賛されなくてもよいのである。他人の目を気にして、そういうものを期待して、そういうことをやると、いつしか自分自身が消極的になり、いつも心配や不安や悩みをかかえることになってしまう。
ですからむしろ優秀な人ほど深く悩み楽しむことを忘れるのである。最悪の場合自分を否定しついには欝病になったり、自殺しかねないのである。そんなことでは何の意味もないのである。他人目なんか気にせず、自分が楽しめばそれでよいのである。人生とはそういうものであるべきだ。
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 ▲村上和隆「知ることがいいとは限らない」 
『知性や教養が邪魔する』という言葉がありますが、生やさしいものでなく、現実は、大いに邪魔しているんです。『知性や教養は確実に自分を蝕む』一面をもっているものなんです。それにいつ迄も気づかないと貴方は地獄に落ちるのです。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  「人は知れば知るだけ賢くなると思い込んでいる
   ところが人は知れば知るほど馬鹿になるものだ
   なまじ、少しばかり知るくらいならば
   何も知らないほうが、よっぽど良かったに違いないのだが
   知るとは一体なんなのだろう
   いくら多くを知ったとしても、わかることにはほど遠いのだ
   知るということを知った・知っていると間違う
   人はなまじ知ることによって遠回りしてしまうのだ
   そして多くの人は肝心なものを知ることなくあの世へ旅立つ」
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   人は日々学び・これでもかこれでもかと知り続ける
   それは良いことであるには違いない
   食事と同じで、生きるために必要であることは間違いない
   しかしである、良いからと言って過ぎたるは及ばざるが如し
   食べ過ぎると肥満になり、ついに病気へと進むのと似ている
   少なくてもよく咬み・よく消化・吸収・排泄することが肝心だ

   食事と同様に考えてみると、知るということも

   @必要な時に・必要なものを・必要なだけを知ること
   A必要以上に知識をほうばらないこと
   B知識に偏重しないこと(知識というのは70%は間違いである)
   C知識はわかることが目的であること(知ることではない)
   D自分の知識を疑ってみること
   E録でない知識は整理し、知識の質を高める
   Fなんでもかんでも知ればいいという考えを改める
   G知らない人はもっと知れ(痩せている人は食べよ)
   H過剰に知っている人は、むしろ減らせ(太りすぎの人はダイエット)
   I人間は生まれて以来頭に刷り込まれた知識がありそれが邪魔しているものだ
   J知識以前に人間としてあるべき姿をまず描け
   K知識が人間のあるべき姿への前進に役立つことが重要だ

「俺は知識・教養で溢れている」なんて思う成金みたいな人間が非常に多い、持っている財産の本当の値打ちを疑うことはない。「私は金持ちだ」と思い、そのように横柄に振舞うのだが、知識もそれと似ている面があるのだ。金持ちくらいたちの悪いものはないが、知識の塊みたいな人間にも困ったもんだ。
「貧乏は金持ちに勝る」「知らざるは知るに勝る」・・・この逆の信奉者(成金者)がすこぶる多いのは困ったものだ。
知識も食事も生きるために大事なことには違いないが、肝心なことは、そのとり方・使いかたである。
物事万事がなんとなくやっていると過食になりただただ肥満になり、病気に役立つだけとなる

食事も選んで食べ・噛み砕き・消化し・きっちり吸収することが大事だ。
知識も同様で、選らんで知り・考え・理解し・きっちり身につけて実践することが大事である。

※(成金とは、大したことをしていないのに俄かに金を儲け周囲からちゃほやされ有頂天になって、横柄な態度をとる者)
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 偉人などの名言

http://www.hamanoya.jp/genza.html 妙好人源左
http://www.lionji.join-us.jp/myoukonin.htm 妙好人の言葉
http://www.hongwanji.or.jp/2003/09_12tenjikai/2003myokonin21.htm 
あおや郷土館妙好人源左
http://www.shin.gr.jp/hogolist/s59.html 妙好人の世界
http://bleu.vis.ne.jp/platz/sonshi.html兵法から見る銀英伝数ある兵法書のなかで最も有名な孫子に学ぶ
http://gsj.tannan.info/top/main/itimaihogo/itimaihogo.htm 一枚の法語本誓寺住職松本梶丸
http://nfukui.hp.infoseek.co.jp/sub1new.html 
生命(いのち)の見える時(松本梶丸著)
http://www.itteki.jp/study/001/ 滴水禅師(隠山和尚の弟子) 
http://www.jbi.co.jp/ujita/Tai04.htm 
寺田一清(→森信三)
http://homepage2.nifty.com/kamitoba/goroku/yamauchi.html任天堂山内語録
http://www1.odn.ne.jp/~ceu55990/zayuunomei1.html
「座右の銘T〜X他」管理人 東道武志
http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/matumoto.html 松本梶丸先生「信心は如来の眼」
http://nfukui.hp.infoseek.co.jp/index.html 
徳誓寺コム
http://www.asahi-net.or.jp/~yi9h-uryu/tera/word/99-8.htm
 山越初枝
http://www.asahi-net.or.jp/~pd9t-ktym/kanmei.html 孔子の教え
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kouzanji/tanni.htm 親鸞聖人の歎異抄

http://all.toyokeizai.co.jp/kakugen/index.html 株式相場格言
八正道 - Wikipedia 四諦を説いて、その道諦として八正道を説いたのでなく、中道とは八正道であることを説いて、
座右の銘言大語録 −自己を生かす名言−
ついで四諦を説いたのである。、四諦という教義的組織は、八正道を中道と説く立場の教義的な裏づけであることを示している。
 1正見    2正思惟    3正語    4正業  5正命    6正精進    7正念    8正定

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がばいばあちゃん
 普通のことなんだが何故かすごいこと言う”がばいばあちゃん”
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嫌われているということは、目立っているということや
悲しい話は夜するな。つらい話も昼にすれば何ということもない
通知表は、0じゃなければええ。1とか2を足していけば5になる!
葬式は悲しむな。丁度よかった、しおどきだった
人がこけたら笑え。自分がこけたらもっと笑え。人はみんなこっけいだから
生きていることが面白い。なりふりかまうより、工夫してみろ。
人に気づかれないのが本当の優しさ、本当の親切
ケチは最低!節約は天才
「暑い」「寒い」と、うるさく言うな。夏は冬に感謝し、冬は夏に感謝しんしゃい
10 時計が左に回ったら、壊れたと思って捨てられる。人間も昔を振り返らず、前へ前へと進め
11 世の中には、病気で死にたくない人がいっぱいおるのに、自殺なんて贅沢だ
12 今のうちに貧乏しておけ!金持ちになったら、旅行へ行ったり、寿司食ったり、着物を仕立てたり、忙しか。
13 自信を持ちんしゃいうちは、先祖代々貧乏だから、ちなみに貧乏五段黒帯
14 頭がいい人も悪い人も金持ちも貧乏人も五十年経てばみーんな五十歳になる心配するな
15 ごめんと思ったら、すぐにあやまる、あとからはあやまりにくいから
16 あんまり勉強するな、勉強すると癖になるぞ
17 少しのお金とたくさんの友だちがいたら、人生勝ちかもね
18 さよならと言えるだけでも幸せ、またねと言えたらもっと幸せ、久しぶりねと言えたらもっともっと幸せ
19 拾う愛はあっても、捨てる愛はないよ
20 おはようと言えたら素晴らしい、こんにちはと言えたらカッコいい、いただきますと言えたら、絶好調ありがとうと言えたら天才だよ
21 二人三人に嫌われてもあと地球には60億人がいるよ
22 高いものがうまいじゃなくて、今食べたいものが一番うまいし、高級品です
23 来年はがんばろうと思ったらまず来年になるまでがんばれよまだ二月だよ
24

貧乏認証取得ができることは、まず笑顔です

25 コツコツやってもなあ、と思う前に、コツコツの先に成功があると思うよ
26 まず仕事をしよう、仕事さえすればみそ・醤油・米・友達・信用がついてくる
27 子供が泣いても怒るな、子供はあんたを頼ってるからね
28 ばあちゃん英語なんかさっぱり分からん、じゃ回答用紙に「私は日本人です」って書いておけ
29 漢字も苦手で・・「僕はひらがなとカタカナで生きていきます」って書いておけ
30 歴史も嫌いでなあ…「歴史もできんと?「過去にはこだわりません」って書いとけ
31 私の人生は何だろう?とか難しく生きるなよ、終わりにしかわからないからね
32 死ぬまで夢をもて、その夢が叶わなくても、しょせん夢だからね
33 贅沢することだけがしあわせじゃない、小さな幸せを大きく感じることが、本当の幸せかも
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宮沢賢治「私が先生になったとき」

 が先生になったとき
  自分が 真理から目をそむけて
  子どもたちに 本当のことが語れるか
 私が先生になったとき
  自分の未来から 目をそむけて
  子どもたちに 明日のことが語れるか
 私が先生になったとき
  自分の理想を持たないで
  子どもたちにいったいどんな夢が語れるのか
 私が先生になったとき
  自分に誇りを持たないで
  子どもたちに 胸を張れと言えるのか
 私が先生になったとき
  自分がスクラムの外にいて
  子どもたちに仲良くしろ と言えるのか
 私が先生になったとき
  一人手を汚さず自分の腕を組んで
  子どもたちにガンバレガンバレガンバレと言えるのか
 私が先生になったとき
  自分の闘いから 目をそむけて
  子どもたちに 勇気を出せといえるのか

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▲宮沢賢治雨にも負けず 風にも負けず」
 雨にも負けず 風にも負けず
 雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
 欲はなく 決して瞋
(いか)らず
 いつも静かに笑っている
 一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
 あらゆることを自分を勘定に入れずに
 よく見 聞きし 分かり そして忘れず
 野原の松の 林の蔭の 小さな茅葺きの小屋にいて
 東に病気の子供あれば 行って看病してやり
 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
 日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
 皆にデクノボーと呼ばれ
 褒められもせず 苦にもされず
 そういうものに 私はなりたい

▲夏目漱石草枕書き出し部分」

 山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
 とかくに人の 世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
 ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
 人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
 ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。
 あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。


電通鬼十則
  1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。
  2. 仕事とは、先手先手と働きか掛けていくことで、受け身でやるものではない。
  3. 大きな仕事と取組め! 小さな仕事は己を小さくする。
  4. 難しい仕事を狙え! そして成し遂げるところに進歩がある。
  5. 取組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは...
  6. 周囲を引きずり回せ! 引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地の開きができる。
  7. 計画を持て! 長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
  8. 自信を持て! 自信が無いから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらがない。
  9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一部の隙もあってはならぬ! サービスとはそのようなものだ。
  10. 摩擦を怖れるな! 摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。
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マクドナルドのQSC&V
”クイックサービスレストランとしての最高の店舗体験の提供により、お客様にとって「お気に入りの食事の場とスタイルであり続けること」をミッションとします。そしてQSC&V(Quality品質,Serviceサービス,Cleanliness清潔さ,Value価値)をレストラン・ビジネスの理念としそのミッションを達成します”
Quality 品質
マクドナルドでは、レギュラーメニューを「世界共通の品質」で提供。この「同じおいしさを維持する」ため、国ごとでの指導に加え、世界各国の品質担当者が一堂に会して食材の分析・検討を行うProduct Cutting (品質審査会)を定期的に開き、基準の統一を図っています。こうした妥協を許さぬ品質管理の実践が、マクドナルドの確かな品質を支えているのです。
Service サービス
マクドナルドは子供たちが選ぶ「連れていってほしいお店」のNo.1(マクドナルドによる市場調査)。その理由は、ハンバーガーの人気に加え、優しく応対してくれるクルーのお姉さんやお店の雰囲気にあるといわれています。真心のこもったサービスを実践し、お客様に心地よい空間をご提供することで、"FUN PLACE TO GO" 「マクドナルドに行けば何か楽しいことがある」と感じていただける、そんなお店づくりを行っています。
Cleanliness 清潔さ
本来、食に関わるすべての人々が重視しなければならない、Cleanliness (清潔さ)の重要性を再認識したところからマクドナルドはスタートしました。創業者レイ・クロックは、"Clean as you go" 「行くところすべてきれいに」と指導。このように店舗・厨房の清潔さを徹底して追究するというクロックの精神は、マニュアルのひとつひとつの業務や厨房機器の設計にまで活かされ、実践されています。
Value 価値
Q(品質)、S(サービス)、C(清潔さ)が最高の形で結びついたとき生まれるのが、さまざまなValue (価値)。それは、おいしいものをおいしく食べられる素敵な空間、家族の笑顔がこぼれるくつろぎの場、いつ行っても楽しい場所、車に乗ったままで買えるドライブスルー。お客様の「満足」につながるものすべてがValue (価値)なのです。本物のV(価値)を生み出すために、私たちは常に完成されたQ、S、Cの実践を心掛けています。
     ※残念ですが食品の安全と地球環境が抜けていますね村上和隆
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ソクラテス

 1)彼は何も知らないのに、 何かを知っていると信じており、
   これに反して私は、何も知りもしないが、 知っているとも思っていない

▲徳川家康「人生訓」
 人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし
 急ぐべからず
 不自由を、常と思えば不足なし
 心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし
 堪忍は、無事のいしずえ
 怒りは、敵と思え
 勝つことばかりを知って、負くることを知らざれば、害、其の身に到る
 己を責めて、人を責めるな
 及ばざるは、過ぎたるに優れり

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▲石川啄木「好きな詩」
かにかくに渋民村は戀しかりおもいでの山おもいでの川 
ふるさとの山に向ひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな
ふるさとの寺の畔のひばの木のいただきに来て啼きし閑古鳥!
やはらかに柳あおめる北上の岸邊目に見ゆ泣けとごとくに
その昔小学校の柾屋根に我が投げし鞠いかにかなりけむ
ああ今、来りて抱けよ、恋知る人。流転の大浪すぎ行く…
今日もまた胸に痛みあり。死ぬならば、ふるさとに行きて死なむと思ふ
新しき明日の来るを信ずといふ自分の言葉に嘘はなけれど
今日ひょいと山が恋しくて山に来ぬ。去年腰掛けし石をさがすかな
たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず
病のごと思郷のこころ湧く日なり目にあをぞらの煙かなしも
はたらけど はたらけど猶わがくらし楽にならざり 、じっと手を見る
友がみなわれより偉く見ゆる日よ、花を買って来て、妻としたしむ
▲妙好人:浅原才市の歌◇引用◇   
      ⇒クリック

▲東京大学総長:小宮山 宏クリック
東京大学は、
 ・知識の洪水に流されない
「本質を捉える知」
 ・独善に陥らない
「他者を感じる力」、そして、
 ・
「先頭に立つ勇気」
を備えた、21世紀が求める人材が育つ場でありたいと決意しております。

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村上和隆の人生コンサルタント支援

働く人のための村上和